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み、短い……
落下して地面に身体が打ち付けられた瞬間の効果音。
ドシン、ドスン、ドーン……――――どれも有り得そうだ。
地面と身体がキスする寸前、俺はそんな事を考えた。
「――――っでぇ!?」
空から落ちてきたにしては酷くない衝撃が俺を襲う。まるでベッドから誤って転落した時と同じような痛みだ。
あんな高さから落ちたというのに、打ち付けた背中がじんじんする以外は無傷という奇跡。落ちる途中でも感じた焦げ臭いにおいを鼻先に感じながら俺は身を起こした。
すると、目の前にあったのは……なんとも見事な脚線美。
膝の上まで黒いハイソックスを履いた長い御御足は、ミニスカートを身につけていた。ぷりっとしたお尻がスカートの中で存在を主張していて、俺は思わずそこに釘付けになる。いいお尻過ぎるでしょ……こんな時だけど見ちゃうでしょ。
「おい召喚士……」
不機嫌なハスキーボイスが降ってきて、俺は視線を上げた。
軍服のようなタイトなジャケットを着込んだ上半身。腰元にはロールプレイングゲームに出てきそうな剣の鞘がある。
それにきゅっと括れたウエスト……それとは対象的に胸は控えめそう。
その更に上へと目を向けると、美しい尻と脚の持ち主が首を捻り、俺を見下ろしていた。
金髪ベリーショート。片側が大胆に刈り込まれていて、パッと見たら男性と間違えてしまいそうなほど短い。
綺麗に通った鼻筋、目尻が下がった大きな翡翠色の瞳。左側の泣き黒子が印象的な美女だった。
「……本当にコレが救世主なのか?」
「は、はい……この経典通りならば、おそらく……」
救世主?
そんな単語に振り仰ぐと、俺の少し後ろに気弱そうな術者っぽい男が大きめの本を見ながら立っていた。あの手に持っているのが経典とやら?
その男の足元には白いチョークのようなもので書かれた模様が見える。それを辿れば俺の手元にもあった。
直径二メートルほどの円。その中心に俺は座り込んでいた。
これが俺を召喚するために描かれた魔法陣……?
(ほ、ほんもの……?)
魔法陣といえば描いたら光っているイメージがあるのにこれは光っていない。俺が来たから効果は終わってるってこと?
「……アレンデ様、前を!」
「チィッ! 嗅ぎつけられたか!!」
緊迫した声が飛び、アレンデと呼ばれた美女が舌打ちして正面に向き直る。
美女の前方から大きな炎の球……。俺よりも一回りも二回りも大きそうなそれがゴォォッと凄まじい音を立て向かってくる。
(ちょ、ヤバいって!?)
俺はずるずると後退った。だが、美女に逃げる素振りは見られない。
美女の手には両刃とも波打った形状の剣。彼女の剣が妖しく光る。
炎の大玉が美女の目の前に迫った――――!
「アンタ逃げ」
俺は声を掛けようとした。
しかし、美女はまっすぐに炎を見つめ愉快げに笑った。
「炎光のアレンデにこんなものが通じるとでも思っているのか! ――我が剣フランベルジュ、力を解放せよ!」
美女は剣を構える。
柄を両手で握りしめ、腕を上げて肘を引く。
妖しく光っていた剣はカッと一際強い光を放った。
それから美女は迫る炎に狙いを定め、
「……こうしてくれるっ!」
剣を振るい刀身で受け止めたそれを打ち返した。
それはもう、カキーンと気持ちいい効果音を響かせてホームランを打つ野球選手のように。
「斬るんじゃないのかよっ!?」
俺は思わずツッコミを口にしてしまった。
彼女は剣の使い方を間違っている! いや、俺は剣の使い方なんて知らないけど、でも絶対間違っている! 俺はそう確信している!
そんな俺をよそに、炎は来た方へと舞い戻っていく。ゴォォォッと向かって来ていたあの炎がヒュルルルーッと。
(……なんていうかさ……)
俺はぼう然と飛んでいく炎を見上げていた。
斬るんじゃなくて打つという暴挙に出た美女へのツッコミとかもうそんなのはどうでもよくなって、……非現実的な光景、それを目の前にして自分が置かれた状況に実感が湧いてきたんだ。
鳴り響く轟音や悲鳴。遠くで上がる火柱や落ちる稲妻。この世のものとは思えない咆哮。
……俺とんでもないところに来ちゃった(落とされた)?
「フン」
弧を描いて飛んでいった炎を満足げに眺め美女が口角を上げる。それから一変してキリッと表情が整えたかと思うと、くるりと俺の方に向き直り、手を伸ばし俺が着ているスウェットの襟元を掴んできた。
「ぅわっ!?」
「来い。見るからに使えそうな気がしないが、せっかく来たんだ。大いに役立ってもらおうじゃないか」
ぐいっと引っ張られて立ち上がらされた俺はそのまま連れて行かれる。
立ってみると美女は俺よりも背が高いようで、頭一つ分大きい。たぶん180くらい? ちなみに俺は165だ。長身のスレンダーな美女、悪くない。
まあそんなことはどうでもよくて、美女の言葉には実に納得がいかないものがあった。
――――……役立ってもらうだって?
俺は思い切り身体を捻り、美女の手を振り払う。
「い、いきなり……なんだよ! つ、使えそうにないだとか、役立ってもらおうとか! お、俺はモノじゃないぞ!」
人に話しかけるのが随分久しぶりなせいで少し吃ってしまったが、俺は目の前の美女に向かって叫ぶ。最大限の怒りを込めて。
だけど、向けられた瞳は酷く冷たく……思わずうっと怯んでしまった。
「ハッ、見た目の割に結構威勢がいいじゃないか、救世主とやら。その調子で救ってくれ。――本当にそれが出来るのならば」
冷笑と共にそう言われる。
怯んだ隙に今度は腕を取られ、つかつかと歩く美女に引っ張られていく。
「全隊に告げ! 救世主が来たと! 私はこれより敵の本陣に突入する。まだ力が有り余っている者は私の後に続けッ! 目標は――――もちろん、魔王ラルシドだ!」
「ま、魔王……ふげっ!?」
美女の部下らしき人が連れてきた白い馬。その上に放り投げられるように乗せられた。さらさらと滑らかな感触に手のひらが触れた。きっと丁寧な手入れを施された馬なんだろう。汚れ一つない真っ白な毛並みが目に入るけど、脂肪の詰まった肉が鞍にめり込み苦しい。
体重80kgは超える俺を余裕で持ち上げるとかどんだけ怪力なんだこの人は……魔王という単語にもびっくりだけど、この事実にもびっくりだ。
「ちょ……待っ! 魔王って何――」
「オォォォォォォォォォォッ! アレンデ将軍に続けぇぇぇぇッ!!」
「ウオォォォォォォォォオッ!!」
続いて美女がひらりと馬に乗ってきたので顔を上げて聞こうとすると俺の声は野太い叫びに掻き消された。
更に上体を起こし振り返ると、背後で鎧を着た集団が剣やら槍やら手持ちの武器を掲げている。美女が統率する部下たちの士気が高まった証拠だ。足があるものは美女のように馬に跨り、無い者は走り出そうとしている。
いやいやいやいや、これ、なに? なんのイベントなの!?
「さぁ、行くぞ救世主!」
「ま、待ってくれよ! きゅ、救世主ってなんだよっ? 俺……ただの人間だ! 戦った事もない一般人だぞ!?」
俺は美女へ向かって必死に訴えた。
ほんの数秒だけ、間が空く。美女が力を抜いたようにふわっと微笑む。
一瞬、思いが通じたのかと俺は安堵しかけた。
「――――しっかり励めよ、一般人?」
無情な一言の後、ヒヒーンと馬が鳴き走り出す。
手綱を握った美女が立ち乗りの姿勢になっていて、俺の姿勢とアングル的に際どいミニスカートの中身がお目見えしそうだったけど、そんなの気にしていられる状況ではなかった。
美女の一言に絶望させられた俺を乗せて、馬は戦場を駆け抜ける。
「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
俺の悲鳴は喧騒に掻き消された。