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世界の平和はこの一球(たま)に託されました。  作者: 海荻あなご
第一球 異世界に落とされました。
2/5



 シンクのゴミを一通り綺麗にし、乱雑に積み上がっていた壁際のダンボールや雑誌類を余っていたビニール紐で縛って纏める。

 それから寝室。散らかった下着やTシャツなどを回収してまとめて洗濯機へ放り込み、ティッシュやら何やらの紙くずたちをぽいぽいっとゴミ箱に投げ入れる。

 敷きっぱなしの布団はもう時刻も夕方だし干すのはもう無理だ。とりあえず庭に出て軽くパンパンと叩いておいた。

 それを全部やっていたら、軽く一時間は過ぎた。


(部屋が綺麗になるとテンションが上がるんだな。心なしか空気までクリーンだ!)


 ゴミの無い部屋を見て俺はノリに乗っていた。ふんふんと鼻歌なんか口にして未だ掃除を続けている。ちなみに空気がクリーンな気がするのはきっと気のせいだが、モチベーションは大事だぞ。

 俺はこのまま押し入れの中まで整理してやろうと、玄関でぽつんと佇む履歴書の事を忘れてそれに取り掛かっていた。


「おっ! この漫画、ここにあったのか!」


 だがまあ、押入れの中って宝の山だよな。懐かしいものが次から次へと姿を現し、その度に整理を中断している俺だったりして。

 小・中・高の卒業アルバムに始まり(実家にあると思ったのに)、講義に必要だからと買わされた本や(教授が作者なんだよなぁ)、講義で使っていたノートだったり(めちゃくちゃ落書きしてた)。

 今出てきたのは生まれて初めて買ったコミック。発売後すぐアニメが放映され、今でも続く人気アニメの原作。小遣い貯めてドキドキしながら本屋へ行った事を思い出した。

 パラパラとつい読んでしまい、はっと気づいて本を閉じた。これは捨てない。時々ふっと読みたくなるんだよな。

 自分の右側にいるもの、左側にいらないものを置いてある。こいつは処分するつもりがないので勿論右に置く。


(なんとなくいらない物のが少ない気がするが……まあそんなものか)


 きっといる側に捨てるべき物があるんだろうけど、いざ目の前にすると捨てるのが惜しくなったりしてしまう。いつか本当に不要になったら、その時に処分しようと決めた。

 俺は懐かしいアニメのオープニングを口笛で奏でつつ、整理を続行する。



 そうして幾度かの出会いと別れを繰り返し押入れの中もすっきりし始めた頃。

 どうしてこんなところに、という驚きの再会があった。


 現れたのはA4ノートくらいの大きさで長方形のケース。黒い生地でスポーツメーカーのロゴ入り。

 わくわくしながら中を開けてみるところりと何かが転がり落ちる。コンコンと小気味良い音を立て床を跳ねるオレンジ色の軽い球……。

 ケースの中にはまだ何か残っていた。手を突っ込み掴んでみると、掌にフィットするような細さを感じた。手触りからして木製だろう。少しだけざらっとした感触がある。俺はそれを取り出した。


 表は赤の裏には黒のラバーが貼られたブレードに、曲線状で手になじみやすい木製のグリップ。グリップの側面には細いマジックで水谷真希也(みずたにまきや)と俺の名前が書いてある。

 ――――紛れもなく俺のだ。さっき転がっていったのは卓球用のボール、そしてこれはラケットだ。


「うわ……!!」


 懐かしい。これこそ実家に置いてきたと思ったのに。俺はあまりの懐かしさに言葉を失った。

 この卓球ラケット達は、俺が中学生の頃に使っていたものだった。そう、卓球部だったんだ俺。

 中学生の頃『卓球のお姫様』っていう漫画が流行っていた影響で始めた卓球。まあ他に入りたい部活がなかったのもあるんだけど。でもやってみると面白くて結構真面目に練習してさ。


(団体戦じゃ毎回レギュラー入りしてたなぁ……)


 そう、練習の甲斐があり俺の努力が認められて。個人戦だって結構いい成績残したりさ。……優勝はできなかったけど。

 俺が使っていたのは、丸みのあるフォルムで所謂シェイクハンドと呼ばれるタイプのラケットだ。赤いラバーは当時の名残でボールの跡などが付いていたりしいて汚れ、色もくすんでいる。最後に使ってから全く手入れしていなかったもんな。

 柄を握ると、当時の記憶が甦る。ああ、この感触……懐かしい。初めてスマッシュを打ち返した瞬間、初めてバックドライブが決まった瞬間、初めての勝利、初めての敗北……


(あの頃は良かったよなぁ……)


 思い出したものの数々と現在を比較して、俺は沈んだ。

 頑張れば頑張るほど努力は認められて、互いに切磋琢磨し合えていたから妬みとかそんなものなかったし。

 俺が勝てば皆喜んで、友達が勝てば俺も喜んで。逆に負けても皆で悔しがって。ほんと、青春そのものだった。

 この頃は、俺の誇りだ。


 だけど、今はどうだ。

 例の一件があり信じていた友はいなくなり、更にあらぬ噂まで流され俺村八分状態。

 俺は心折れて就活失敗、大学を親にも相談せず自主退学。そしてキレた親によって勘当。

 自堕落な生活を送って見る影もないほどブクブクに太った俺は、正直自分を誇ることができない。


 じわり、目頭が熱くなる。

 ラケットに視線を落とすとぽろりと雫が落ちて、赤いラバーの上に小さな水玉を作った。ラバーの黒ずみと混ざり濁る。


(俺……あの頃みたいに誇れる自分に戻れるのかな)


 脱・自堕落と決意したはいいものの、やっぱり自信はまだ持てなかった。

 だって俺には応援してくれる友人がもういない。これから新しく人間関係を作り直すんだ、不安にもなる。


(戻りたい。誇れる自分に)


 行動を始めなければ、理想の自分になることも出来ない。


(また、仲間と助け合い励まし合って……夢と希望のある日々を)




 ――――呼びかけに応じよ。我らに希望を与えたまえ。




 突然そんな声が聞こえて、俺はぱっと顔を上げた。


「は……? まさか幻聴……?」


 見上げても見回しても、声の主なんているわけもなく(いたら怖い)。悲観しすぎて幻でも聞いてしまったのかと思った。

 いかんいかんと首を振り、俺は止めていた手を動かし再度荷物整理を始める。


「あ、そういえばボールが転がってったな……」


 ラケットをケースに戻そうとして、はたと気づく。

 周囲を見ると部屋の隅にオレンジのボールが転がっていた。俺は床に左手をつき、ボールへ右手を伸ばす。

 その時、ぐらっと身体が揺れた。


「は……?」


 地震? かと思いきや、そうじゃなかった。

 床が抜けたんだ。……ん? 俺の部屋一階だよな?

 違う。床が抜けたんじゃなかった。


 床に大きな大きな穴が空いていたんだ。ぽっかりと底の見えない黒い穴が。


「な……!!」


 穴と認識した途端、俺の身体は重力に倣って下降を始める。

 前のめりになって、まるで一回転でもするかのように俺は頭から真っ逆さまに落ちて行った。


(まさかブラジルまで……!?)


 突然の事態に混乱していた俺は、そこに行き着く前に地球の真ん中にあるマグマに落ちて焼け死ぬという事を考えることができない。


 どこまで続くか分からない見渡す限りの闇。


 首を曲げて転落場所を見上げると、見慣れた部屋の天井は遠いところにあった。

 その光景はもう、恐怖でしかなかった。何せその距離はどんどんと伸びていくんだから。

 あっという間に天井は見えなくなった。残ったのは真っ暗闇の世界だけ。

 俺はこのまま落ちて死ぬのだろうか。そんなことを思って更に恐怖した。


 だけど、その瞬間は意外にも早く訪れた。


 不意に視界が明るくなり眩しさに目を逸した後、俺が見た光景は一面に広がる大地だった。

 白いモヤのようなものが俺の横を掠めていき、それが雲だと気づく。俺は穴を抜け空を落ちていた。


(結局抜けても落ち続けるのかよっ……ん?)


 そんなツッコミを胸中で吐き捨て、俺は鼻に届いた匂いに顔を顰めた。なんだか焦げ臭い。

 その匂いは地上との距離を縮める毎に強さを増す。すると眼下に見える景色にも違和を感じた。


 黒い塊が蠢いている。……いや、あれは人の集団だ。それも何千何万という規模のだ。

 ドンッドンッと連続で轟音が鳴り響き、至るところで火柱が上がる。――――火事? でも複数場所で同時になんて起こるか? いや、火事というよりは爆発に見えたけど……。

 考えていると耳をつんざくような爆音がすぐ近くで起こる。ビリビリと鼓膜が破れそうな衝撃に耳を押さえた。

 その刹那、目の前を雷が落ちていく。

 一回、二回、三回……紫色の稲光がまっすぐ地上へ向かう。その光のなかに一瞬だけど龍のようなものが長い身体をうねらせているように見えた。

 落雷は地上にいた人達を瞬く間に散らす。雷の龍がそこにいる人達を飲み込むように――――人が死んだ瞬間だった。


 地上にいる人達がどんな様子なのかはっきり見えるほどの距離まで落ちてきた。

 剣と剣が交差する金属音や喧騒。

 馬で駆け抜ける鎧姿の集団。それに続くように槍や剣を手に走る者たち。

 銃弾のように飛び交う光の弾。それを放ったのは比較的軽装の集団。中には宙に浮かんでいる人もいる。


 自分がいた筈の世界ではあり得ない光景だ。

 俺はもしかしてと、あることに思い至る。


 ある日部屋のドアを開けたらどこか知らない場所に繋がっていました、とか。

 ある日交通事故で死んだと思ったら知らない場所で目覚めました、とか。

 トンネルを抜けたら知らない町でした、とか。


 ――――俺、もしかしてだけど、異世界に来ちゃった?(正しくは落ちてる)


 今、地上で起きているのは戦争で、それも剣とか魔法っぽいのが飛んでいる事から人と魔族ってやつのだろう。

 なぁ。まさか、……まさかと思うけどさ。


 ――――戦争を終わらせる為の英雄として召喚されたとかじゃないよね!?



「それ何てラノベだぁぁぁぁぁーーーー!!」



 思わず叫んでしまった俺の目の前にはもう地上が迫っていた。

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