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零の瞳

作者: シオン

世界とは目に見えるものだけが全てではないと私は考えています、瞳を閉じて、感覚で触れるものもまた世界だと、そう信じたい......

タイトル【零の瞳】


一話

 高校2年の夏…….何の変哲もない2度目の林間学校…….

 僕は30分間の休憩を除く、4時間のバス旅を終え目的地箱根の中山に在る合宿所に着く。

 ただ座って揺られていただけなのに、何故だか僕はげっそりとした顔つきでバスをのそのそと降りていた。

 バスを降りた僕の目の前に真っ先に広がっていた緑はその色を徐々に夕色に染められてすぐそこまで夜が後を追うように迫っていた。

 その変化はまるでいつかテレビで見た星々の神秘映像のように高速で移り変わる空のようだった。

 そんな景色を見れた事は、些細だが確かに僕の心を揺れ動かす何かを感じていいた。


「ん…….?」

 緑豊かな自然に加えて、芦ノ湖が月を反射しだした頃…...目を疑う幻覚が飛び込んで目をこするとそこには誰もいなかった。

 湖の水面に長い髪の少女が見えたような気がしたのだ。


「おーい、何してるんだ?みんなもう中で待ってるぞ」

ルームメイトにして一番の友人斎藤が合宿所の入り口から大声で呼ばれてからはっ!とすると日は暮れていて急いで合宿所へ駆け込んだ。

 合宿所のロビーを駆け抜け食堂を抜けると中には既に全クラスの生徒たちは整然と着席を済まし談笑に夢中だ。

どうやら僕が最後の生徒だったようだった…….


「磯谷ッ‼︎」

 部屋の奥に掛けられた通常の3倍ある大黒版と教卓を挟んで伊勢崎慶次は入り口で棒立ちの僕に向かって怒鳴りつけた。

 一瞬にして辺りは静まり、一斉にこちらに視線が向けられると数秒後に一斉に笑い出した。

 僕は笑いが落ち着かぬ間にそそくさと自分の為に空けられたと思わしき席に速やかに着くと伊勢崎は咳払いを一つ吹かせてから落ち着いた声で淡々とこれから夕食就寝までの流れについてや過ごし方について話が始まった。

 話が終わると伊勢崎は「磯谷は残れ」と言って解散させた。


「こい磯谷」

「はい……」

 伊勢崎の無機質な低音が僕の背筋を強張らせる。

 伊勢崎の逆鱗は生徒の誰もが認める程恐ろしかった。

 とある女子生徒はスカートの丈を短くした事を叱られて登校を拒否、そのまま自主退学したらしい、きっと自分も手酷く叱られて4日間の林間合宿を辛く過ごすのだと、そう思っていた。


そんな臆測に反して伊勢崎はーー


「磯谷、お前は幽霊って…….信じるか?」

唐突に始まる伊勢崎らしからぬオカルトチックな話題、意図が読めず困惑しながら答える。


「霊とかに限らず目に見えないものは雑談ネタとしては興味ありますけどあんまり本気にはしません」


「俺はな霊感が人一倍強くて実は霊がよく見えるんだ」


 何を言ってるんだこの人は…….


「お前を斎藤に呼びに行かせた時、俺も居たんだ、そして見た」

「何を、ですか…….?」

「お前にも見えたのだろ?」

「見えた?」

 あ……?!

 脳裏に過る、数分前の景色…….


「女の子…….?」

 少女の姿は16歳?くらいの背丈、細身で顔はない、薄い影そのもののようだった。


顔がない


目も鼻も…...


胸もそれほどない


淡い青の輝きの中で輪郭だけがただそこにある。


何故だろう、表情のないはずなのに、どうしてこんなにも彼女が悲しげに見えるのか…….


瞳のない少女に惹かれた


目が離せなかった、僕は何も考えずにただ呆然と湖の彼女を見つめたその時ーー


「…...」

『……?!』

 一瞬少女と目が合った気がした。


 その瞬間僕の全身に嫌な寒気がジワリと広がる。

見てはいけないものを見てしまったような、又はそれに気づかれたような感覚ーー

「今のは一体…….?!」


「何だったんだ…….」

 瞬きした瞬間、もうそこにはゆらゆらと反射した”月だけ”が揺らいでいた。

【零の瞳】

二話

 伊勢崎はあの時湖に居た少女は間違いなく憎しみや後悔を抱え呪いとなってその地を彷徨う呪縛霊と言った…...


ーーそれはそれとして……

 力の籠った拳が僕の頭上から振り下ろされて勢い良く衝突する。


くぅぅぅぅ……

 頭を抱えて倒れこむ僕を捨てて伊勢崎は「遅刻の罰」と言ってロビー奥の教師用に設けられた喫煙所へ歩いて行った。

 伊勢崎の背中を見送って、部屋へ荷物を置いて再び食堂へとやってきた、頭痛は未だ暫く直りそうにない……


荷物を置いてから僕は斎藤と合流した。

男子の下宿先は本館から離れた場所に存在する地下を含めた5階建のプレハブ小屋で素早く自室に荷物を投げ込み、斎藤と合流した。

 心配……というより同情し哀れんだ斎藤は僕とプレハブから食堂への移動道中聞いてくれた。


「大丈夫か?」


「大事ょばないよ……」

殴られた部分の辺りを自分の両手をくしくしと撫で癒しながら斎藤の気遣いをノータイムで返す。


 とても痛い……

 伊勢崎の容赦ない拳骨は頭蓋を常時拘束されながら揺らされているような痛みと気分の悪さが一手に受けて訳のわからない不快感が止まない……


 こんな時にでも容赦なく空腹は訪れてしまうから空腹というのはタチが悪い、気分が悪いこんな時でさえ食べざるを得ないからだ。


「なんて日なんだ今日は……」

「仕方ね、特別に食後にアイスでも奢ってやるよ」

「気持ち悪いから食べ物要らない、正直晩飯も喉通らなそうなんだよ」

「おいおい、大丈夫かよ……」

「だから大事ょばないって……」


 本館、男子用下駄箱で靴を中靴に履き替えてリビングで見知った顔に遭遇した、同じクラスの女子、斎藤と共通の友人瀬川が「どうしたの?」と聞いてきた。

 僕は「殴られた」とだけ言って察してもらった、全学年の前で怒鳴られたのだから誰に殴られたかは言うまでもない。

 加えて気分が悪いことも伝えてから暫し雑談に花を咲かせていると僕と斎藤の男子4B班が呼ばれた、因みに瀬川は女子4C班で呼ばれるのは未だだいぶ先で僕らと別れた後は元居た女子の輪に戻って行った。


 色とりどりに並べられた料理、スープの入った容器からは蓋の隙間から熱い熱気と匂いが漂って食欲を誘う、サラダやパスタなどのイタリアンや焼き魚などの和食もあったので胃に優しそうな和食とサラダを取って適当な所に座ると向かい側に斎藤は様々な料理を取って来た。


「そんな少なくていいのか?」

「あぁ、言っただろ食欲ないんだよ」

「そうか、レモン食うか?」と言ってレモンを片手で手渡してきたのでありがたく受け取った。


「そういうお前は野菜が少ないな」

斎藤には野菜が一皿盛られていたがそれ以上に肉や果物が多かった。


「別にそんな事無いだろ……?」

「まあ、無いよりかはいいか……」


・・・


「所でさ磯谷、魔術とか呪術って信じるか?」


またオカルトか……伊勢崎も斎藤も最近大人から子供まで流行ってるのかコレ……

「あんまり信じて無いけど、なんだよ急に、流行ってるのか? まさか俺の後ろにいるとか無いよなーー」

笑いながら言ってみたが、斎藤の表情は変わらず真面目だ。

どうやら本気らしい……


「え、うそ……本気……?」

「いやさ……”憑かれては”無いんだよね…...」

「憑かれては…….? なんでそんな言い方するんだよ、まるで他にまずい事があるみたいな……」

 斎藤は言いずらそうに喉を水で湿らせて一呼吸つく、それから決心をつけたように告白…….宣告した。


「お前、”呪われてる”からこのままだと”死ぬ”なと思ってさ」

「ノ、ノロ……?呪!!?」

 シーーーーーーーーッ!!!!

 思いもしない言葉に思わず声が異常なボリュームで口から溢れると斎藤は自分の唇に人差し指を当てて細い息を吐いた。


(続きは部屋で話そう、ここじゃもうできない。いろんな意味で……)

 斎藤は小声で僕に囁いた。


 おう…...

 斎藤に合わせて僕も立ち上がる。


「『ごちそうさまでした』」

空になった食器を返却棚へ置いた。

その後、僕は自室に戻って斎藤の言う呪いについて聞く事となった。

三話

 呪い……呪術者、又は霊能力者により発動される術であり、相手を死に追いやる死神の術…...らしい


 今僕はそれを初対面の女性に掛けられている…...らしい


 斎藤は魔術を独自に研究していて、天気を操れる程に術についての知識がある…...らしい


「初耳だ……」


「そりゃそうだろう。信じないと思って誰にも話したことないからな」


「そうだよな……」


 今までの僕ならきっと興味があっても、半信半疑の中で終わっていた。

 今は違う。 斎藤の魔術を素直に信じられた。本物の死の恐怖に触れ、本物の霊を感じた。


「呪い…...解除できそうか?」


「俺にはできない」


「そうか……」


「解けないわけじゃない、そもそも呪いは掛けられた本人にしか解く方法がないんだよ」


「この呪い、お前が解くんだ」


「僕が……?」

僕には呪術の知識が無い、なのに僕自身が呪いに立ち向かわなければいけない矛盾だ。


「今から解けるか分からないが、幾つかやれるだけしてみよう、俺の言った通りやってみてくれ」


見様見真似で踊ってみたり、詠唱してみたり、祓ってみたりしてみたがイマイチ効果は無い…...


「ダメかぁ……」


「ダメだったなぁ」


僕と斎藤は床に倒れ、天井を仰ぎながら大きく溜め息を吐いた。


ガシャンッ!ギギギィィィ…...

 音を立てて勢い良く扉が開いて僕と斎藤は二人で徐々に開く扉をみてみると、開いた隙間から指先が5本……10本……15本……と増えていく。

 そして扉が開くと現れたのは他のルームメイト二人だった…...

 胸を押さえて息を整える。心臓に悪すぎる…...


「どうしたんだ? 二人とも、風呂行くぞ」


「おう、了解、今準備する!」


「戊亥、俺らも準備するか」


砥上とがみが誘うと戊亥いぬいは頷いて、自分の荷物からタオルとお風呂セットを取り出した。


「行こう……」


「おお! 風呂桶にタオルに石鹸シャンプーお前お風呂好きかよ!? ていうかスクールカバンに風呂桶入るんだな!」


「これ、プラスチック製の畳める風呂桶……」


「おおお!? すげええ!」


「これくらい普通、早く”箱根の”お風呂入ろう」


「確か箱根は温泉地でも有名だよな、本当お前お風呂好きだな」


「温泉はただの風呂よりも格別に…...良い…...」


「俺らも行くか、磯谷」


 僕は「ああ」と答えて部屋を後にした。

「ふぅぁぁぁ……」と息が漏れる声がいくつか聞こえた、木製の引き戸を引くと現れた暗闇に染まった暗黒の空とわずかな星々、月光は辺りを仄かに照らし、幻想的な空間を生み出す、今まで気にして見なかったいつもの空がまるで異世界のものにその時僕には見えていた。


 四方を竹筒で覆われた空間に石積みの浴槽には湯船が張られている。

 僕らは足先から肩まで浸かった。

一方僕らがゆっくり湯に浸かる肩わあらで男子風呂は賑わう。

談笑の声はもちろんだがーー


桶に冷水を汲み、勢い良く冷水は宙を舞う。

「うわっ?! つっめてぇぇぇぇぇぇぇ!!?」

「何しがるてめぇぇ!!」

 始まったーー大乱闘である…...

 問題は冷水VS熱湯である。

バサバサバサバサバサバサバサバサ…...

ドボドボドボドボドボドボドボドボ…...

浸かる湯が熱くなったり冷たくなったり、熱湯が四散し、かすったり、冷水がかかったりと湯と人が大荒れとなる。

 これは周囲に多大な迷惑が言わずと予想される。


 委員長平戸弦和は無言で立ち上がり主犯二人の後頭部をワジ掴み、物理的に無力化した。

グボグボグボグボグボグボ…….

ジュボジュボジュボジュボ…...

「あ、おとなしくなった……」


今回のお風呂事件の落ち……

 伊勢崎監督教諭に連れられ反省室へ連行される二人であった。

 こうしてわずか5分の大乱闘は大事になる前に収束を見せ、その後誰も暴れるものはいなかった。


「弦、ありがとう。助かったよ」


「いや、俺が止めないとダメだなと思っただけだから気にするな」

 弦ははにかみながらゆび先で頬をかいて気恥ずかしそうにした、僕はその強さに密かに憧れた。


 因みに馬鹿二人はその後10年以上後輩に聴き継がれ反面教師になったことを僕らはまだ知らない…...


 カコンッ…...

 人でなく積まれた桶がバランスを崩して散乱した。


「何故、今……」

 真っ先によぎったのはあの湖にいた少女だった、もしも今倒れた桶と関連するとするならばきっとすぐそこまで…...


 そこまで考えた瞬間電球が割れた、月明かりだけが僕らを照らす。不安と鼓動が高鳴る。すぐそこに彼女がいることを感じて僕の背筋から足にかけて震えが止まらなかった。


 周囲がざわつくを意識しないように思えば思うほど焦りが、恐怖が、迫って僕を急かす。

集中……集中…...

瞳を閉じる、全ての感覚を捨ててただ一点、奴だけに…...


 ぽつん…...

その時、雨も降っていないのに一滴の水滴が落ちた音がした。

気がつくと音も声も視界も闇に沈んでいた。

無の境地……見える景色はひとつ、いくつかの闇を感じる、人でなければそもそも生きてすらいない、冥府へ誘う亡霊にすぎない。


 僕が用があるのはそんな奴らじゃない、僕を呪ったあの少女だ。


見つけた…...


 目には見えない、けど確かに感じる。

 凍りつかせるような嫌な寒気が背筋から全身に伝わる、殺気にも似た感覚を僕はこの右手で祓った。


身も心も、僕の抱えていた重苦しい何かをその一払いでホコリのように消えていった。


ひとまずは……けど、きっとまた襲い来る……何も終わってなどいない。少女の瞳がこちらを見続ける限り…...

これから続き考えます

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