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悩める古道具屋 -賢者崩れる-

作者: 與七

幻想郷で発生する「異変」を解決するのは、基本的には博麗の巫女―現在では霊夢―の務めだ。様々な妖怪やら妖精やら神やらが何かやらかす度、彼女は大車輪の活躍を見せる。もちろん、彼女以外の人物が異変を解決したり、複数人で一致団結して大団円、ということもあるが――。基本的には、僕はその蚊帳の外だ。弾幕ごっこには興味は無いし、そういうのはその手の専門家に任せるのが一番なのだから。最も、完全なとばっちりで異変に巻き込まれたり、無理矢理奇妙な出来事の渦に飲み込まれることが無いわけではない。そう、後者の原因を起こすのはほとんどが彼女―


「最近、結界の調子がおかしいのよね。在り得ない所に急に悪霊が現れたり、一時的ではあるけど、ちょっとした歪みで外の世界と簡単に幻想郷が繋がったり。外の世界でも大きな異変が起こってるのかしら」

僕の顔の斜め上から声が聞こえる。妖怪の賢者が、すまし顔で僕の顔を見下ろしている。

「座ったらどうだい?ふわふわ浮かんでないで」

「あら、私にとってはこっちのほうが楽なのよ」

・・・見下されているみたいでいい気がしない。それに目のやり場に困る。

「うふふ・・・スカートの中・・・見えた?」

ゾクッと寒気がするような感覚が走る。恥ずかしいのではなく気まずい。もっとも、若干嗜虐嗜好のあるこの賢者さんにとっては戯れの一つなのだろう。

「あんまりふざけた事言ってると、出入り禁止にするよ」

「あら、意地悪ね。・・・扉からってことかしら?」

「どうせ『隙間で自由に出入りはさせてもらうわよ』、とか言うんだろ」

僕はだんだんイライラしてきた。いきなりやってきて読書を中断させて、何を買うわけでもなく僕の神経に触る事ばかり言ってくるのだから。

「力ずくで追い出したいぐらいだよ。僕にもっと強い力があればね」

「もう、男の人って乱暴なんだから。この前もあなたと同じようなことを言ってる人がいたわよ。『それ以上戯言を言ってみよ、ヤマザナドゥよろしく、その舌引っこ抜くぞ!』って。怖いわね~」

・・・あぁ、激怒した彼なら言いそうだな。

「で、買い物する気はあるのか?ないのか?どっちなんだい?」

「ないわ」

こうもあっさり答えるか。なんてこったい。

「だったらお引き取り願いたい」

「いいじゃないの。あなたとお喋りがしたいからここに来たのよ。迷惑かしら?」

「非常に迷惑なんだけど」

「もう、たまにはいいじゃないの」

紫はようやく宙から体をおろし、客用の椅子に腰を下ろした。

「で、さっきの話だけどね。最近、無縁塚に悪霊が現れるようになったのよ」

「悪霊ね・・・」

最近の僕は、無縁塚には行ってない。外の世界から流れ着く道具を拾いに行くことはあるが、最近は無縁塚以外でも様々な道具が落ちているのを見かけるからだ。

「・・・んー、食いつきが悪いわねえ」

「ここ最近は行く機会が無いんだ。それで?話の流れからすると、その悪霊のせいで事件でも起こったのかい?」

「ええ、そうよ。・・・その様子だと、何も知らないようね」

紫はそう言うと、積み上げられた新聞の山をちらりと見た。

「・・・ついつい新聞よりも本のほうが読みたくなってしまうんだよ」

・・・どうせいつものゴシップばかりだろう、と判断して、ずっと山積みにしてあったな。

「ちょっと、失礼するわね」

紫は新聞一部とると、僕に見せつけた。

「ほら、『無縁塚に悪霊襲来か?』って書いてあるでしょ」

「えーっと・・・」

「どう思う?」

そこに映っていたのは、白い人魂が一体。

「あのさぁ、これって単なる迷子になった魂なんじゃないのか?」

「違うわよ」

紫はむっとした表情になる。

「次の新聞・・・今日の奴ね、これ」

「うわっ・・・何だコレ」

思わず僕は唸った。一言で言えば、人魂がパワーアップしていた。

青白い炎のようなものが揺らめき、大きさも数倍に膨れ上がっている。

「それで、今日の午前中の話なんだけど・・・」

紫の顔つきが変わった。妖怪の賢者の表情である。

「妖怪ネズミが、八つ裂きにされたそうよ」

「っっ!!」

思わず椅子から転げ落ちそうになった。まさか、まさか。そんなことが・・・

頭の中に、ナズーリンのツンとした表情がすぐに浮かんで、消えた。

「そんな・・・嘘だろう」

「うふふ、優しいのね」

紫は穏やかな表情を僕に向ける。

「心配する必要はないわ。・・・彼女は生きてるわよ」

「っ・・・!良かった・・・」

ほっとした。が、僕はすぐに無性に腹が立ってきた。

「誤解を招くような言い方はやめてくれないか。洒落になってない」

「あら、私は事実を伝えただけなのに」

「・・・そうかもしれないが、言い方ってものがあるだろう」

「まあね、今のは言葉のあやって奴。でも相当酷いダメージなのは本当だから、完全に治るまでは時間が掛かるでしょうけど」

「でも・・・」

なんで、そんな酷いことに・・・その悪霊はとんでもなく危険じゃないか。

「それで、退治できそうなのかい?その悪霊は」

「そうね、ちょっとわからないわ」

紫は他人事のように言う。

「まあ、あの子なら上手くやってくれるわ。なんてったって異変解決の専門家だもの」

「・・・心配だな」


次の日の新聞には、無縁塚の悪霊は無事成仏したという記事が載っていた。博麗の巫女、大手柄である。

「・・・とりあえず、これで一安心かな」

「どう?私の言った通りでしょ?」

「・・・」

なんで今日も来てるんだろう、彼女。

「あのさあ」

「なあに?」

「買い物の予定がないなら、来ないでほしいんだけどね」

「もう・・・言ったわよね?私はお話がしたいって」

紫は僕にくすりと笑いかける。

「あなたとお喋りしたいのよ」

「ふん・・・」

「あら、霊夢や魔理沙とは仲良しなのに、私じゃ不満かしら?」

「・・・」

「霖之助さんって、黙っててもいい男よねー」

「・・・」

「その本、外来本でしょ?飽きないわねえ」

「・・・」

「あ、この不思議な形の奴は何かしら」

「やめろ!」

僕は非売品に触れようとした紫を、思い切り怒鳴りつけた。

「もう、いい加減にしてくれないか。僕をからかって、そんなに楽しいのか?」

紫の顔が少し歪んだが、すぐにいつもの余裕のある笑みに戻る。

「ええ、楽しいわよ。だって、霖之助さんって面白いんだもの」

「ふざけるな!邪魔をされてこっちは迷惑してるんだぞ」

「そんなに怖い顔しないで。イケメンが台無し―」

「馬鹿にするのもいい加減にしろ!」

完全に僕はキレていた。・・・僕らしくもない。今思えば、ここで深呼吸して心を落ち着かせることも可能だったはずだ。だが、その時の僕はもはや頭に血が登り切っていた。

「君の式神はさぞかし大変だろうな。こんな人が主人で」

「・・・っ!」

紫の顔色が変わった。それには気が付いていたが、僕は構わず紫に対して攻撃の手を緩めなかった。

「あの子たちが可哀想に思えてくるよ。もっといい人の所にいたほうが彼女たちのためかもしれないな」

「やめなさい」

「今頃、君の悪口でも言ってるんじゃないか?あんな人の下で働きたくないとか、今日はいなくて清々するとか―」

「やめて!」

紫の絶叫が店内に響いた。顔を俯かせ、体はぷるぷると震えている。

―しまった。次第に冷静になるのと同時に、僕は言い様のない恐怖感に襲われた。僕は彼女の式神の顔を思い浮かべた。九尾の妖狐と、凶兆の黒猫。紫が如何に彼女らを大切にしているか・・・僕はよく知っている。なのに、口から思わず出たのはあの言葉・・・感情に任せて思わず口走ってしまったことは、もう戻すことは出来ない。僕は紫に・・・八つ裂きにされても文句は言えないだろう。

しかし―


紫は顔を手で覆うと、その場に崩れ落ちた。

「もうやめて・・・あなたまでそんなこと・・・言わないで」

紫の目からぽろぽろと涙が零れた。幼い少女のように泣きじゃくる紫を僕は茫然と見つめるしかなかった。しかしいつまでもそうしているわけにはいかない。言葉は使わずとも、直感で体は動いていた。

僕は紫の肩を叩き、ハンカチを手渡し、椅子を勧めた。椅子に腰かけた紫は、俯いたまま人形のように微動だにしなかった。

「紫」

僕は紫に向かって頭を下げた。

「申し訳ない。あんなことを言ってしまって」

「・・・」

紫は無言のままである。

「君の気持も理解せずに、感情的になってしまった。僕が悪かった」

「・・・」

「君だけじゃない、君の式神のことも悪く言ってしまった」

「・・・」

「すまなかった」

僕は深く頭を下げた。もう、この後何が起こってもいい覚悟はできている。

すると、上から紫の声が聞こえてきた。

「悪いのは私」

僕は顔を上げた。涙の乾いた、寂しそうな紫の顔がそこにあった。


数日前、紫は藍と大喧嘩をした。些細な事がきっかけではあったのだが、売り言葉に買い言葉で、次第に口論は激しくなり、ついに紫はマヨヒガを飛び出したのだった。その場には橙もおり、最初は二人を懸命に仲裁しようとしていたのだが、結局それは叶わなかった。


「そもそもの発端は、私のわがままが原因だから・・・でも、藍が嫌味や皮肉で返してくるのがどうしても我慢が出来なかったの、それでつい・・・」


勢いで飛び出した紫だったが、翌日、思い直してすぐにマヨヒガへ戻ったという。だが―


「藍に冷たく言われちゃった。『もうあなたなんかの式神として働きたくありません』って。

橙も私を睨みつけて一言、『大嫌い』って」

紫は自嘲気味の笑みを浮かべながら言う。


そんなことがあったのか。しかし、そんな事も知らず僕は―

「紫、僕は―」

紫は僕の目の前にいきなり手を突き出した。そして首を振る。

「もう、何も言わないで。察して頂戴」

そう言うと、店の扉のほうへふらふらと歩き出した。

「待つんだ。そういう事情なら・・・」

「妖怪の賢者として、情けないわ」

紫はゆっくり扉を開けると、僕の方を振り向き、力の無い声で言う。

「まさしく、あなたが言った言葉通りになってるでしょうね」

「・・・」

「今頃、私が居なくなって喜んでいるはずよ」

「違うよ。それは違う」

「あなたに何が分かるのよ。私は、式神の主人失格よ!」

紫が悲鳴に近い声を上げた。

「紫」

僕も負けじと声を張り上げた。

「それは違う!」

「失格なのは、式神の私の方だ!」

ほぼ同時に、二つの言葉が紫の耳に届いた。

「あ・・・」

僕の方に顔を向けていた紫は、店の外に視線を移した。

「紫様・・・」

「・・・」

九尾の妖狐と、凶兆の黒猫がそこにいた。二人とも、悲痛な表情を浮かべている。特に橙の方は、目を真っ赤にしていた。

「申し訳ございません、紫様」

藍はその場で土下座をした。

「仕える式神という立場にも関わらず、主人であるあなたに反抗的な態度を取ってしまい・・・っ・・・その挙句に、謝罪をしようと思い立った・・・っあなたのことを」

藍の声は、途中から涙声になっていた。

「本当にっ・・・申し訳、ございません。この八雲藍、いかなる罰も、処分も受ける覚悟はできております」

「紫さまぁ・・・」

橙の目からどっと涙が溢れた。

「ごめんさない・・・嫌いっていっぢゃっで・・・ぐすっ・・・ごめんなざい」

橙の顔がたちまち涙と鼻水でクシャクシャになる。

「藍・・・橙」

茫然とした表情を浮かべた紫であったが、すぐさま二人に駆け寄り、抱き着いた。

「ごめんなさい・・・私・・・本当にごめんなさい」

目に溢れた涙を何度も拭いながら、紫は式神二人に謝罪していた。


これは・・・完全に僕の出番は終わりかな。


数日後、九尾の妖狐と凶兆の黒猫は再び店を訪れていた。お詫びのプレゼントを紫に贈るらしい。


「いやいや、紫様には、やはりこちらの色だろう」

「えー、違うよ、こっちのほうが素敵だよ」

・・・さっきから一歩も引かないなあ、あの二人。さて、こういう時は必ず・・・

二人の目線が品物から僕の方に向けられる。


「どうだ、このほうが似合うと思うだろう?そうだろう?」

「こっちだよねー、紫様には絶対」


・・・さてと、僕はどっちの味方をすればいいのかな。

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