そのいちのさんっ
第一章第三話です。
ピンクチラシ=公衆電話とかに貼り付けられている、あの如何わしいチラシのことです。
≪お詫び≫第三話の最終部の掲載を忘れていました。申し訳ない。(m´・ω・`)m
(01/21/08)
第三話はこれにて完全に終了です。
「これまた朝から賑やかね、君達は」
「やっちゃんひどぉ〜い!なんで置いてくのぉ〜?」
凛と響く声にふにゃっと気の抜けた声が重なったのは、そんな時だった。
「会長!しまねえ!」
生徒会長の奈々瀬結美と、社の担任であり従姉でもある佐倉志摩子だった。挨拶もそこそこに社が駆け寄ると、逆方向への力が突如として加わる。
「やっちゃん、やっちゃん、やっちゃ〜ん!んもぉ、今日の充電まだしてないから今するぅ〜」
いきなり飛びついてきた従姉の頭突きが鳩尾にまたもやヒットし、悶絶する社。千佳と同じくぐりぐりと頭を押し付けてくる。35Hitぐらいのコンボを決めて、志摩子はようやくぐったりとした社を解放した。およそ教職に就く者の行動とは思えないが、周囲は「またか」と肩を竦めるのみである。毎日のようにこの風景が繰り返され、今では東雲西中の日課となりつつある。慣れとは怖いものだ、と社は一人思う。
「ちょっと、先輩を苛めないでください佐倉先生!」
麗しの会長の出現にぴょっこり起き上がった峰の頭を踏んづけて、千佳は社の体を奪い取り、その胸に腕抱く。なんだか柔らかいものが顔に当たり、社はついにKO。志摩子はああんそんなぁと昼メロのような演出を入れた。
「先輩、今日はお疲れみたいですね」
みのりの言葉に結美は頷き、
「ああ、昨夜遅くまで会合があってね。なかなか放してくれなかったのよ。おかげで少し寝過ごしてしまったわ」
ほぉ、と溜息を吐く社。毎日忙しい生徒会の激務に耐えられるのは、この人が居るからなんだと、改めて実感させられる。雑用係として働いている手前、社が生徒会の内容に深く係わることは少ないが、おそらくは重要な会議だったのだろう。その美貌にうっすらと浮んだ隈から、口に出しては言わないものの、大変であったことが窺える。
「まったく、いくらこの私の統率力が優れているからって、代理で指揮までやらされるとは思わなかったわ」
「指揮、ですか?」
「ああ、オーケストラじゃなくて、戦争の、ね」
作戦会議だけの約束だったのに、いつの間にか巻き込まれちゃったのよね、とひとりごちる会長を尻目に、社は考える。何かがおかしい。
一つの可能性に辿り着いた社は、思い切ってそれを口に出した。
「会長。それ、何てゲームですか」
「え?『ファンタジー○―ス』、今ハマってるオンラインゲームよ」
さらりと長い髪を払って言い放つ彼女を見て、社は本日何度目になるかも分からない溜息を吐いた。これでしのちゅー切っての敏腕生徒会長だというのだから侮れない。これまでに築き上げた功績は数知れず、男子しかなれなかった生徒会長の座をその人望と美貌でもぎ取り、伝統と体裁を重んじるしのちゅーPTAを黙らせて初のミスコン開催までも成し遂げてしまった「しのちゅーに奈々瀬結美その人あり」とまで謳われる、しのちゅーの歴史では偉人の中の偉人なのだ。自分が企画したミスコンで優勝を掻っ攫っていくのも、この人だからできる所業だろう。
苦笑いを浮かべる社に、にっこり満面の笑みで応える結美は、やはりいつものように自信に満ち溢れているのだった。
「あら、指、怪我しているじゃない。これでも貼っておきなさいな、生徒A」
そう言って制服のポケットから取り出したクマさん柄の絆創膏は、峰へと手渡された。刹那、「ふおおおっ」となんだかよく分からない奇声を上げて峰は悶絶。ものすごい音を立てて床に突っ伏した。お前、名前さえ憶えて貰ってないのにいいのかとは思う社だったが、目では別のものを追っていた。
「会長、何か落ちました……よ……」
結美のポケットからひらり舞い落ちた紙を拾い上げ、社は言葉を失って立ち尽くす。
目が眩むような原色で一面を彩られたソレは、
目を擦ってみたって、
頭を振ってみたって、
どう考えてみたって、
ピンクチラシにしか見えなかった。
「どうしたの?」
「あ、いえ、その……」
口籠る社から紙を受け取った結美は、一瞬眉を上下させ、
「可愛い奴だね、君は」
そう言ってニヤリと口の端を吊り上げてみせた。
唐突な逆セクハラに頬を朱く染め上げ、社は視線を逸らす。と、そのまま動かぬ岩と化した。
「富永?」「社?」「やっちゃん?」「先輩?」
結美を皮切りに、みのりや志摩子、千佳までもが社の変調に気付いた。そのぶっといアホ毛センサーで親友(自称)の異変を感じたのか、それまで床に突っ伏していた峰さえもぴょっこり起き上がる。起きなきゃいいのに。
そしてその場にいる全員の視線が注がれる中、社は床を見た。
次に、峰の手にしっかりと握られたクマさんプリントの絆創膏――『とぼけグマ』という、巷で大流行のキャラクターだ――ではなく、その指先を見た。
すのこの間に落ちていた画鋲には、ほんのりと赤いものが付着していた。
そして、峰の人差し指には血玉が浮かんでいた。
「峰、何で指から血が出てるの?」
「え、あ、その、朝錬で……?」
いやおまえ朝練出てないじゃんという社の突っ込みに、しばし沈黙する峰。
たっぷりと間を空けてから、
「うらやましいんだよこんちくしょおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
あ、本音が出た。
「何をまた…」
みのりは既に呆れを通り越したらしく、疲れた顔で半眼を浮かべている。
「僕、たま〜に思うんだけどさ、本当は峰ってバカなんじゃないかと思うんだ。いや、本当に
たま〜に、なんだけどね」
社が遠慮がちに口にするが、その不自然なまでに強調された「たま〜に」が、南極海を豪快に突き進む砕氷船のごとく悪友のある意味ピュアなハートをざっくり削っていることには気付いていない。嘘は苦手なのだ。
「え、今気付いたの?」
更に情け容赦の無いみのりの一言が、剥き出しになった峰の心を深く――実に深く抉った。嘘は嫌いなのだ。
だがこの男、こんな言葉の暴力ごときに決して屈したりはしない。
「ぐふっ」
――、たぶん。
再び床に突っ伏した峰を結美が蹴たぐり回しているのはこの際どうでもいいとして、その峰がいつの間にやら恍惚とした表情を浮かべているのもいつもの事として、そろそろ職員室に向かわなくてはならない。社は腕にはめられたベルトがゆるゆるの腕時計を眺めて思った。日直の仕事を消化しなくては、クラスの皆に迷惑が掛かってしまう。
まあ、そのクラス担任が未だこの場所に居るのが一番の問題なワケなのだけれども。
「ちょ、しまねぇ、職員会議は?」
べたぁっとタコのように引っ付いて離れない志摩子は悪びれもせずに、「遅れたぁ〜。連れてってぇ〜」と触手を伸ばして迫る。「あ、先生ずるいですよぅ」と千佳も混乱に乗じて第一種接近遭遇。
なにやら腕がヤバイ位置に入ったらしい社が助けを求めて目を彷徨わせるも、結美は「ほら、いいんでしょ?これがいいんでしょ?」と危うげな発言を繰り返して峰のケツをぐりぐり、みのりは「あたしだって小さい頃はお医者さんゴッコしてたのに」パンドラの箱――もとい、美しき幼少の記憶の中に埋もれつつ、その手はしっかと社の袖を掴んで離さない。
薄れゆく意識の中で、社はぼんやり外を見つめて。
晴れ間の広がる春の空に、空しくタップの音が響いたのだった。はい合掌。
≪お詫び≫第三話の最終部の掲載を忘れていました。申し訳ない。(m´・ω・`)m(01/21/08)
「そのいちのさんっ」これにて終了です。
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