そのいちのいちっ
第一章第一話です。
携帯用に各話ごとに細分化しました。
未だ冷え込みがきつい春の日、朝一番に登校すると、下駄箱に詰まった紙の束を発見した。剥がれかかったシールにプリントされた富永社の三文字が、自分の物に間違いないことを告げている。
ぼさぼさの頭を一掻きし、社は目を細めた。
「またか……」
知らず、独りごちていた。もう珍しくも何ともない。
これが、社の日常だ。
社は学生服のポケットに突っ込んでいた手を出し、かじかんだ手にそっと息を吹きかけた。
赤み掛かった手を一揉みし、片方をそろそろと下駄箱へ伸ばしていく。
ここで、誰もが至るであろう桃色の想像などを展開するのは早計と言えよう。甘酸っぱい青春の一ページなど、彼にとっては超必殺技を繰り出す中学生テニス部員並に胡散臭いのだから。
注意深く周りを見て欲しい。どこかに、画鋲が落ちてはいないだろうか。
社は、気付いた。下駄箱の下方、すのこの隙間に、きらりと光る鋭利な物体に。
さらに、もっとよく周りを見て欲しい。どこかで、こちらを伺っている人物が居ないだろうか。甘酸っぱい青春物モードから、どろどろとした推理物モードへ脳を移行させて。
社は、気付いていなかった。下駄箱の端、黒塗りされた人物の影に。
さぁ、ここまで来て目の前の紙束に手を出そうとするヤツは、頭がピンク色の証拠だ。
ちなみにその場で封筒を開けたり、ポケットに突っ込んでトイレの個室でじっくり見よう、なんていう案は即却下したほうがいい。
なぜなら、ここは東雲西中学校の玄関で、この下駄箱の持ち主は、二年四組の「あの」富永社なのだから。
――つまりはどういうことか。
伸ばしかけた手がぴたりと止まる。
社の目線の先には、紙の束からはみ出ている可愛らしい花柄の便箋があった。
少し考え、数瞬の後にそれをそっと抜き出した。
引き抜いた便箋の後を追ってどさどさと落ちてくる書簡の類は、全部まるっと無視してやる。無駄に達筆な字で書かれた「果たし状」なんか、見たくもない。
紫の、小さな薄い便箋だった。
中央には、これまた可愛らしいクマのシールで封をしてある。そして、丸っこい字で「富永くんへ」とある。ともすると見逃してしまいそうなそれは、便箋の端っこの方に書かれていた。裏返し、また元に戻す。どうやら送り主の名前は書いていないようだった。
ささっと社は左右を見回す。
周囲に人が居ない事を確認した社は、ぺりっとシールを剥がしてみた。
一枚の紙が出てきた。
自然と高鳴る胸を押さえ、ゆっくりと読み始める社。
「社君へ。突然のお手紙、ごめんなさい」
なぜか脳内で見たこともない女の子が囁いた。
「でも、私、この気持ちをあなたに伝えたくて、ずっと待っていたんです」
はふう、と社は息を吐いた。なんてこった。青春の予感がする。
「社君」
はい。
「放課後、渡り廊下裏の木の下で」
はい。……あれ、字体が変わったな
「決闘を申し込みます」
はい。……って、えぇぇぇ?!
「ちなみに凶器は自由です」
え、制限なし?!
「心行くまで果たし合いましょう!」
そんな力籠めて言われても……
――つまりは、こういうことだ。
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