どうして浮浪者になってんだぁぁぁ?
俺の心に引っかかっているのは、二つである。
俺にこの装置をくれた目の前の男は、まずったと思えば人生をリセットできたはずだと言うのに、この浮浪者のような姿は何なんだ?
使うには制限があって、滅多に使えないのか?
そして、心に引っかかるもう一つは、未来は変えられるのか? と言う事だ。
俺も一回だけだが、人生のリセットを経験し、一日をやり直したはずだが、問題は解決しなかった。
これは単に偶然なのか、それとも大きな未来と言うものは変えられないのか?
この装置を使ってきたはずのこの男なら、その答えを知っているに違いない。
それをはっきりさせなければならない。
その事を口に出そうとした時には、男はすでに俺に背を向け、よたよたと俺から遠ざかり始めていた。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ」
俺の言葉に男は振り向いた。
「これってさぁ。
本当に一日を戻せるとして、何か制約っちゅうか、何かそんなものがあるのか?」
男は俺の問の真意を測りかねているのか、少し首を傾げただけで、返事をしてこない。
「ほ、ほ、ほらさぁ。そんな便利なものなんだったら、じゃんじゃん使って、過去の失敗を消していけばいい訳じゃん。
だったらさ」
俺はそこでちょっと言葉を詰まらせた。
「あんたみたいになる訳ないんじゃね?」
そう聞きたかったが、俺だって人様に言っていい事と悪い事の判断くらいできる。
これはさすがに言えない。
「だったら?」
男が何がいいたいんだ、はっきり言えよ的な表情で俺を見つめている。
何か言わなければ、そう思い、俺は頭の中に色んな選択肢を浮かべた。
とりあえず、この場を取り繕うに足る言葉。
聞きたかったことではなく、そんな言葉が口から出てしまった。
「ほ、ほらさぁ。使うと命を吸い取られるとかさぁ」
な、な、何言ってんだ俺は。江戸末期の写真の迷信じゃあるまいし。
男は俺の突飛な言葉に吹き出しもせず、真顔のまま答えてくれた。
「そんな事はないよ、いつでも使えばいいけど、連続して使えないので、一日以上戻すことはできないよ」
おお。そうなのか。それは聞いておいてよかったぜ。
いや待て。確かにそれは重要な情報だが、知りたいのはそんな話じゃない。
「あ、あ、あのさぁ。
あんたはこれを使ってどうだったんだ?
人生は変えられたのか?」
遠回しな表現だが、これが俺の限界だ。
俺の意図が伝わったのか、男はさっきまでの真顔を少し崩し、にやっとした。
そして、まるでモデルが自分のドレスをアピールするかのように、男は自分の小汚ちゃない服を手でつまみ、ひょいと少し持ち上げくるりと一回転して、俺に言った。
「見てのとおりさ」
そ、そ、それって、どう言う意味なんだよ。
俺はそこが聞きたいんじゃないかよ。
その言葉を言えずにいると、男は俺に背を向けてよたよたと歩いて、立ち去り始めた。
男は数歩歩いたところで、「じゃっ!」的な感じで、片手を上げた。
「ま、ま、待ってくれぇぇぇ! どうして、人生を一日やり直せたはずのあんたが、どうして浮浪者になってんだぁぁぁ?」
俺はその言葉を口に出せず、後姿で遠ざかって行く男を捕まえようとするかのように、手を伸ばして空を空しく二、三度掴んだだけだった。
男は俺の視界の中でどんどん小さくなり、公園の木々と植栽の向こうに消えて行った。
俺はある意味、チキンなのかも知れない。
ともかくだ。
まずは今日をリセットする。これは決定事項だ。
俺は手の上のリセット装置のカバーを開けて、ボタンを押した。