演技に酔いしれる俺
茉実と手を振り合って分かれた後、一人細い坂道を上り、あの公園を目指す。
今日、大きく人生が変わらなかったように、きっとあの公園に、あの男がいて、あの装置を俺に渡すはず。
それで、もう一度、今日の失敗をリセットすればいい。
明日こそ、俺はこの状況を変えて見せる。
あの男がいる。
そう信じながら、公園に足を踏み入れる。
昨日よりも、耳をぎんぎんに研ぎ澄まし、公園の中を歩いていく。
「お前さあ。こんな所にいるんじゃねぇよ」
俺の耳に届いたそんな言葉に、思わず心の中で、「やったぁ」と、叫びたくなる。
「お前さぁ。邪魔なんだよな」
「そんな生活していて、恥ずかしくないのかよ」
「汚っちゃねぇーなー」
「社会のごみだな。ごみは掃除しないとな」
一字一句同じかどうかまでは分からないが、昨日と同じ様な事を中坊三人が、浮浪者風の男に向かって言っている。
俺は昨日と同じように知らんぷりをして、通り過ごそうとすると、やはりあの男の声がした。
「助けてください」
声のした方向に視線を向けた瞬間、昨日と同じように、哀願するような浮浪者風の男と目が合った。
全ては昨日と同じのようだ。
昨日と違うのは、俺はこれから起きる事、つまりこの場の人生の台本を知っている。
その台本通り、役者を演じるだけだ。
俺に視線を向け、男への注意を失っていた中坊たちの囲いを突破して、浮浪者風の男が、昨日と同じように俺のところに駆け寄って来た。
「お願いです。助けてください」
もう一度、俺にそう言った。
この男も台本通りだ。
中坊たち。お前たちも、うまく演じろよ。
そんな思いで、中坊三人組に目を向ける。
中坊たちは昨日と同じように、台本通りに俺の前までやって来た。
「弱い者いじめは止めな」
顔つきは俺に逆らうなら、ぶん殴るぞ! と言うオーラを漂わせ、声も渋めの低いトーンで、恫喝気味に言って、戦闘態勢に入る。
そんな俺の威圧に、相手が少し怯んだ。
中坊たち、台本通りで、うまいじゃないか。
少しにやりと唇が上がる。
「ああ? どうなんだよ?」
ずいっと一歩踏み出しながら、怒鳴って、もうひと押しすると、中坊三人組はお互い顔を見合わせると、引き下がり始めた。
中坊たちが足早に立ち去るのを確認すると、俺は浮浪者風の男に向き直り、軽く右手を上げて言う。
「じゃあ」
そして、俺は昨日と同じようにその言葉だけを発して、この場を立ち去るふりをする。
何だか映画の主人公のラストシーンのような気分じゃないか。
少し自分の演技に酔いしれた気分だ。
そんな思いで立ち去るふりを始めた俺に、男の声が届いた。
「待ってください」
来たぁぁぁぁ。
待つよ。待つ。待つに決まってんじゃん。
そんな気持ちは表に出さず、何だ? 的な顔を男に向ける。
男は昨日と同じように、ごそごそと自分のぼろっちくて、小汚ちゃない服のポケットに手を突っ込んで、あの装置を探している。
男はあの装置を取り出すと、俺に差し出しながら、こう言った。
「助けてくれたお礼に、これを差し上げます。
これはある科学者が造った人生を一日リセットする装置なんです」
「はい?」
昨日と同じ返事をしながらも、今日は手を伸ばして、それを受け取ってみる。
俺の手に乗せられた小さな箱。
昨日見たものと同じだ。
やったぜ。これで、今の現状をリセットできる。
俺は何とも言えぬ高揚感に包まれた。
が、その時、俺はこの男に聞かなければならない事がある事に気づいた。