もう一つの選択肢
大雨の中、増水した用水路に落ちそうになった妹の彩佳を救ったのもつかの間。今度は幼馴染の茉実が落ちてしまった。
おとといの今日、この用水路で亡くなったのは茉実だった。
その茉実を救うため、やり直した昨日の今日、この用水路で亡くなったのは彩佳だった。
今日の今日、俺は二人を救うつもりだったと言うのに、結局はどちらかを失う運命なのか?
呆然とする俺に彩佳の言葉が耳に届いた。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんを助けないと!」
彩佳を用水路の反対側の家の軒下に連れて行くと、ここで動くなと命じ、俺は茉実を追って、道路を駆けた。
水の流れに何とか抗っているが、茉実が流され続けている。
「茉実!」
そう言うと、俺も用水路の濁流に飛び込んだ。
水の流れは予想以上に速く、男子高校生の俺の力をもってしても、抗えない。
「しゅ・・ん!」
溢れかえる濁流の中、茉実が浮き沈みしながら、俺を呼んでいる。
何が何でも、茉実は助ける。
俺はどうなってもいい。
そうだ。あったじゃないか。もう一つの選択肢。
俺が亡くなると言う選択肢。
人を犠牲にして自分が生きるより、自分の命を使って他人を助ける方がいいじゃないか。
俺は必死で、茉実の身体を掴もうと手を伸ばす。
もう少し先でこの用水路には蓋がある。
その中に吸い込まれたら、終わりである。
それまでに俺はこいつを助けなければならない。
俺は濁流の中、全身で濁流をかき分け、俺の前を流されていく茉実を追いかける。
「・ゅんく・!」
茉実が俺に向けて、手を差し出す。
俺は思いっきり濁流を蹴って、茉実に近づき、その手に手を伸ばす。
二人の手が結ばれた。
「つかんだ」
しかし、濁流は激しく、つないだ俺と茉実の手を再び引き裂こうとする。
ここで手を離してしまえば、二度と茉実を救えない。
俺は渾身の力で、茉実を引き寄せた。
何とか俺は濁流に抗い、茉実を道路の上にあげようと全力を尽くす。
暴れまわる濁流は俺の体勢を整えさせず、呼吸さえ困難にする。
死ねない。
茉実を助けずに死ぬわけにはいかない。
視界に用水路の一部に設けられていたガードレールが飛び込んできた。
「茉実、ガードレールに掴まれ!」
ほとんどパニック状態の茉実に俺の言葉が聞こえたかどうかなんて、分からないが、俺はそう叫びながら、茉実の身体を道路の方に、全力で押し上げた。
流されながらも、茉実はガードレールに両手を伸ばし、両手でガードレールの脚の部分をつかんだ。
「准くぅぅぅん」
道路に上がった茉実がそう叫んだのを聞いた。
茉実は助かった。そう安心した俺の力は抜けた。
これで何とかなるはず。
どうだ。時の流れ。
俺でもいいだろ?




