究極の選択
降りしきる大雨の中、茉実と彩佳を連れて、保育園から俺の家に続く坂の下にたどり着いた。
そこは予想通り、すでに川と言っていいほどの状態になっていた。
緊張感が襲う中、坂の上に目を向けた。
道路に沿って用水路があるはずだか、その境目もやはり無くなっている。
「おい、気をつけろよ」
横を歩く彩佳と茉実に言ったが、雨の音がうるさくて聞こえていなかったのか、二人からは全く返事が無い。
まず手を掴むとして、茉実と言う訳にはいかない。
とりあえず、傘を掴む彩佳の腕を掴んだ。
「なに?」 的な顔つきで、俺を彩佳が見た。
とりあえず、にこりとだけ返すと、びしょ濡れの顔で彩佳もにこりと微笑み返してきた。
どんな事があっても、この手は離さない。
としたら、俺は彩佳を救う事を選んだ事になってしまうのか?
そんな思いが心によぎった。
いや、違う。
茉実も救う。
そんな思いで、茉実を見守りながら、坂を上っていく。
とりあえず何事もなく坂の半分を過ぎ、さらに上って行っていた時だった。
傘を打ち付ける音に混じった別の音に気づいた。
車だ。昨日の今日、雨水をはねての彩佳の長靴の中に雨水をあふれさせた車があった。
ある意味、あの車が事件のトリガーだった。
同じ車なのかは分からないし、時間もずれているはずだが、油断はできない。
降り注ぐ雨と傘から流れ落ちる雨水でびしょ濡れの彩佳を握る手に力を込める。
「茉実。車だ」
傘を打ち付ける雨で聞き取れなかったらしい茉実が、何? 的に振り向いた。
「前から車が来るから、端に寄ろう」
そう言って、用水路とは反対側の道路の端に寄った。
このまま何事もなく、通り過ぎてくれ。
そんな思いで、大雨のカーテンの向こう見える車に目を向けた。
大雨でワイパーが役に立っていなくて、俺たちの事に気付いていないのか、車の速度は落ちていない。
俺たちを目の前にして、ようやく俺たちの存在に気付いたのか、車は速度を落としたが、気付くのが遅すぎた。
車の速度は十分に落ちてはいず、車のはねる雨水が俺たちを襲った。
昨日と同じ展開なのか?
が、少し違っていた。
その時、さらにきつい風が吹いた。
「あっ!」
きつい風が水しぶきで注意力が散っていた彩佳の手から、黄色い小さな傘を吹き飛ばした。
道路を転がる彩佳の傘。
自分の傘を取りに行こうと、彩佳が俺の手を振り払う。
彩佳の手がびしょ濡れの俺の手をするりと抜けて行った。
「待て!」
俺の顔は真っ青になった。
昨日の光景がよみがえる。
だめだ。
俺は絶対こいつを守る。
慌てて、俺は反転して彩佳の姿を追う。
彩佳は半分自分自身も風にあおられながら、飛ばされていく自分の傘を追って、数m先をちょこまかと走っている。
俺は自分の傘を投げ出し、彩佳の背を追う。
彩佳の傘は道路を転がりながら、用水路に落ちた。
落ちたと言っても、用水路の水はすでにあふれていて、道路と同じ高さのところを流されている。
俺は全力で駆け、手を伸ばす。
小さな彩佳のカッパのフード。
そこに手が届く。
「彩佳!」
彩佳のカッパのフードをがっしりとつかみ、彩佳の動きを止めた後、しっかりと抱きかかえた。
これで、彩佳を守れた。
そう思った瞬間だった。
「きゃっ!」
大きなザーザーと言う雨音に交じって、そんな声が聞こえてきた。
慌てて、その声の方向に目を向けた。
茉実も彩佳を追ってきてくれていたのか、俺のすぐ近くで足を滑らせていた。
危ない!
そう思った次の瞬間、茉実は用水路の中に落ちていた。
時の流れは、やはり俺に究極の選択を迫るのか?
一瞬にして、俺の頭の中は真っ白になった。




