茉実の未来を変える!
降りしきる大粒の雨の中、俺の部屋の窓から見た後ろ姿が、茉実の最後の姿だった。
そんな現実は受け入れられない。
そして、それを無効にする手段を持っている。
一日をリセットして、もう一度、やり直す。
が、そう簡単にいかない事を俺は知っている。
未来は変えられるのか?
変えられないのか?
その悩まし過ぎる問題に、俺がすでに出していた結論は「未来は変えられない」だった。
だが、今は違う。その結論を信じたくはない、いや信じないと言うのが、今の心境だ。
その結論を受け入れてしまえば、茉実を救う事が出来ない事になってしまうのだから。
ソファに一人座り、窓の外に目を向ける。
まだ空は明るく、豪雨の気配はない。
昨日、正確には前回の今日、茉実がうちにやって来たのはいつだっただろうかと、時計に目を向ける。
そろそろか?
そんな思いで、時を過ごしていると、家のチャイムが鳴った。
茉実に違いない。
慌ててソファから立ち上がると、玄関を目指した。
開いたドアの先には、黒い雲が広がり始めた空を背景にして、茉実が立っていた。
その表情は悩ましげ。
昨日の時も、こんな表情だったんだろうか?
全ては俺が原因。そう思うと、胸が痛む。
俺が見ていたいのは、茉実の笑顔であって、それを失いたくはない。
そんな事に、今気づいた気がした。
「あのさ、ちょっとお邪魔していいかな?」
「悪い。今からさ、俺、妹を保育園まで迎えに行かなくちゃならないんだ」
「そっかぁ。話したい事があったんだけど」
「歩きながら、話そうか」
俺の言葉に茉実はうなずいた。
二人並んで歩く坂道。
昨日の、正確には一日前の今日とは違い、まだ坂に水は溢れていない。
「あのさ、中学の時の同級生の大原君と、准くんは仲よかったよね?」
昨日聞いたフレーズだ。
「いたな、そんな奴」
「あのね。大原君から付き合って欲しいって、今日言われたんだ」
「それは断ってくれないか」
俺はきっぱり言った。
「分かった。じゃあ」
そこまで茉実が言ったところで、俺は茉実の言葉を遮るかのように、話し始めた。
「勝手な言い方かも知れないけど、まだ自分の気持ちの整理ができていないんだ。
でも、茉実を失いたくない。
あと二、三日だけ待ってくれないか」
それは俺の本当の気持ちだ。
茉実を失った衝撃は計り知れないダメージを俺の心に与えた。
俺にとって、茉実は特別な存在である事を思い知らされた。
が、石野への想いとの整理がつけられちゃいない。
そのためには、俺自身の心を整理するための時間が欲しい。
「分かった」
そう言うと茉実は、俺に手を差し出してきた。
俺にその手を取る資格があるのか分からないが、その手を取ってつないだ。
二人、手をつないで下る坂道。
横を流れる用水路の水は普段通りで、道の高さよりもかなり下を流れている。
ぽつり、ぽつりと頭に雨水が辺りはじめ、道路のアスファルトに雨が点々と模様を描き始めて来た。
空に目を向けると、すでに辺り一面黒い雨雲に覆われている。
「雨が降り出してきた。
急ごう」
手にしていた傘を開いて茉実に傾けながら、足を速めた。
すでに下り坂も半ばを過ぎていて、今からゲリラ豪雨が降り注いだとしても、用水路が溢れる前に、茉実を家に送り届けている事は確実だ。
だが、これまでの石野の自転車事故や、芸能人の事故の事を考えれば、油断できない。
気合を込め、足を速めて、茉実の家を目指した。
茉実の家に着いた頃は、視界さえ遮られるほどの大雨になっていた。
「茉実、もう外には出るなよ」
「当たり前よ。
こんな雨の中、頼まれたって出ないわよ。
じゃあね」
そう言って片手を上げて、にこりとした後、茉実は言葉を訂正した。
「あ。准くんが呼んだのなら、こんな雨でも行くかも」
茉実としては、俺への好意を表すつもりで言ったんだろうが、一度茉実を失う経験をした俺としては素直に喜べやしない。
「いいか。こんな大変な天気の時は、俺だろうと、誰であろうと、断れ。
絶対外に出るな」
「冗談よ」
俺の剣幕にちょっと戸惑い気味に、そう答えて、茉実は家の中に消えて行った。
茉実は外に出ないと言った。
それに、あの坂は駅とは反対方向であって、特別な何かが無ければ坂には近づかないはず。
まずは安心していいはずだ。
未来は変わらない。
そう限ったものではない。
石野の自転車の事故も、芸能人の事故も偶然だったのかも知れない。
ふぅぅぅ。と、大きく息をはき出すと、そう信じて、俺は保育園に向かって行った。




