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運命の出会い

 俺にギュッと抱き付いている小野田茉実。


 背はちょっと低めで、長めのストレートヘアー。

 整ったパーツが並ぶどちらかと言うと丸い系の顔立ちで、にこりと微笑まれると、ドキッとしてしまうかわいさがある。


 俺的には、茉実は好みのタイプに分類されるが、特別な恋愛感情を抱いていた訳じゃない。

 茉実は茉実であって、それ以上でも、それ以下でもない。



「ねっ?」


 返事に詰まっている俺を見上げて、茉実が言った。


「あ、ああ」


 そう返すのが精いっぱい。


「よかったぁ。

 准くんは私の彼氏だぁ!」


 茉実は嬉しそうに言ったが、素直に「うん」と言えない。

 黙り込む俺に、茉実は不安を感じたのか、さっきまでのうれしげな表情が一気に曇った。



「私じゃだめなの?」


 今にも泣きだすんじゃないかと言う表情の茉実の前に、茉実の気持ちに抗おうとする俺の気持ちは陥落せずにいられない。



「そんな事ないよ」


 その言葉に嘘はない。

 が、石野に好意を抱いていると言うのも事実。


 茉実をとると言う事は、石野を諦めると言う事。

 俺の心に嘘をつくと言う事。


 俺の思考回路はこの状況をどう脱すればいいのか? 答えを求めて、動き始めた。


 そんな俺とは対照的に、茉実は嬉しそうな笑顔を俺に向けた。



「よかったぁ」


 そう言って、茉実は今度は俺の右腕に抱き付いてきた。


 半袖の夏服。

 むき出しの俺の右腕の素肌に当たる茉実の柔らかな胸の感触。

 これで、俺の思考回路は完全にショートしてしまった。


 成す術を失った俺は、腕を組んだ茉実のなすがまま教室を後にした。


 教室から廊下、廊下から校庭、校庭から駅。その間、ずっと腕を組んで歩いた。


 16時近いと言っても夏の日差しは暑く、茉実と組んだ素肌同士の腕は汗ばまずにいられない。が、茉実はそんな事を気にするそぶりを見せないばかりか、うれしそうな表情でずっと俺に語り掛けてきている。


 完全に恋人同士。

 俺はまだこの状況を受け入れるのか、否定するのか結論が出せていない。

 頭の中では、不純な俺と、純な俺が論争を繰り返しいている。



「せっかく、好きだと言ってるんだから、付き合えばいいじゃん」

「茉実と付き合ってしまったら、石野とつきあえなくなるじゃねぇか」

「茉実と付き合って、適当なところで別れたらいいじゃん。

 それから、石野と付き合えばいいだろ?」

「そんな事、人としてできるかよ」

「石野が付き合ってくれると言う保証も無いんだぞ」

「そうなんだよな。そこが……」

「そこで悩むんじゃあ、お前も純じゃねぇじゃん」


 そんな風に頭の中が迷走している俺が、喋り続けている茉実の言葉を理解できる訳もなく、生半可な返事と愛想笑いで、その場をしのぎ続けている内に、茉実との分かれ道にやって来た。


 住宅街の中の交差点。

 角に立って、二人向かい合う。


 茉実の右手は俺の制服のシャツの脇腹のあたりを掴んでいて、別れづらいと言う雰囲気を醸し出していてるような気がする。



「今日はさ、マジ最高の日になったよ。

 大好きだった准くんとこうして帰れるんだもん」


 そう言う笑顔は輝いていて、俺の胸を突き刺す。


「あ、ああ。俺もだ」


 取り繕いの言葉を言いながら、ちょっと引きつり気味の笑顔を返す。

 そんな俺に、笑顔のまま茉実がさらなる提案を突きつける。


「明日からさ、一緒に登校しよっ!」

「えっ?」

「嫌なの?」


 茉実の笑顔が少し曇った。

 それはそれで、俺の心に突き刺さる。


「そんな事ないよ」

「よかったぁ」


 茉実の表情に笑顔が戻った。これもこれで、俺の心に突き刺さる。


「あーぁぁぁ。」どうしたらいいんだ。


 愛想笑いで、叫びだしたい衝動を抑えこむ。


「じゃあ、いつもの電車で」


 そう。一緒に二人で登校はしていなかったが、同じ電車には乗っていた訳で、それだけで明日からの一緒に登校と言う約束は実現できる。


 安心したのか、茉実は掴んでいた俺の制服を離して、小さく手を振った。


「また、あした」

「お、おう。また、あした」


 茉実が俺に背を向けて、自分の家を目指し始めた。


 ふぅぅぅと、大きなため息をつき、ちょっと肩を落としてしまう。

 俺も自分の家を目指して歩き始めようかとした時、茉実が振り返って、笑顔で今度は大きく手を振った。


 俺も笑顔を作って、手を振る。

 まるで恋人同士。

 いや、今、公式には恋人同士になっている事になる。


 茉実は俺に背を向けたかと思うと、しばらくすると振り返って手を振る。

 俺もそれに付き合って、ずっと立ち止まったまま茉実を見送り続け、茉実が通りの先の交差点を曲がって姿を消すまで見送った。



 俺の家は茉実と別れた住宅地の中の交差点から先に進み、農業用水路が通る細い坂道を上りきったところにある公園を抜けたところにある。


 俺は今日の事と、これからの事でもやもやした感情にとらわれたまま、公園の入り口にたどりついていた。


 公園は運動具だけでなく、木々や低木の植栽などがあって、結構広く、公園の端から端までは見渡せないが、視界に入る運動具に子供の姿はない。


 さすがに暑すぎて、公園で遊んでいないのだろう。

 俺だって、好き好んで暑い中、公園にいる訳じゃない。


 とりあえず、エアコンのきいた家に帰って、ゆっくり心の整理をしたい。

 そう思うと、足早になる。


 公園の出口に近づくにつれ、何人かの男の声が聞こえ始めた。



「お前、さぁ。邪魔なんだよな」

「そんな生活していて、恥ずかしくないのかよ」


 なにやら、穏便な気配じゃない。

 なんだ? そんな気分で、注意しながら進んで行くと、中学生らしき三人の姿を見つけた。


 どうやら、声の主たちはこの三人らしい。

 そして、その三人に取り囲まれているのは、ぼさぼさの髪にぼろぼろの服を着た浮浪者風の一人の男だった。

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