無かった事にしてやる!
やはり、これはシグナルだ。
そう信じたい。いや、信じる。
石野と友達がさらに近づいてきたところで、俺は石野を呼び止めた。
「い、い、石野、ちょっといいかな?」
緊張から声は上ずり気味で、ちょっとどもった。
汗も全身から噴き出している感があるし、鼓動のためなのか、緊張からなのか分からないが、体が震えている。
石野と友達が立ち止まり、一度二人が顔を見合わせたかと思うと、友達は「じゃあ!」って感じで、軽く手を上げて一人先に歩き始めた。
その友達が俺の横を通り過ぎる時、その横顔には笑みが浮かんでいた。
それも、どちらかと言うと好意的なものではない感じの笑みが。
ちょっとムッとしたが、機嫌を取り直して、石野に視線を向けた。
石野は「何?」的に、小首を傾げて俺を待っていてくれている。
友達もいなくなり、石野と二人。
正確には、辺りには下校する生徒たちがいるが、それは巨大な大根かかぼちゃと思っておくとしても、少し人が多すぎる。
「ここじゃ、言いにくい話なんで、ちょっと来てもらえませんか?」
俺の言葉に、石野に困惑の表情が浮かんだ。
走る嫌な予感。
でも、俺は石野の笑顔を信じたい。
「ごめんなさい。私、今日ちょっと用事があって、急いでいるので」
用があるからの困惑。
そう言う事なら仕方ない。
このまま今日は諦めようかどうしようかと迷っている俺の横を、石野はさっさと通り過ぎようとしている。
どうする? どうする? どうする?
そんな石野の姿に気が動転し、迷走した思考回路が俺を暴走させた。
「俺、石野の事が好きなんだ」
一気にそんな言葉を吐いて、石野を見つめた。
きっと周りの生徒たちも立ち止まり、俺たちに注目しているはずだが、俺の意識の中はもう石野だけだ。
驚いた表情で、立ち止まている石野。
「付き合ってください」
そう言って、俺は少し頭を下げて、右手を差し出した。
この手を取ってくれれば、OK。
振る時は「ごめんなさい」だ。
石野! どっちなんだ?
手を、手を取ってくれるよな。
石野の返事を待つ長く、長く、長く感じてしまう時間。
俺のストレスは無限大。
「ごめんなさい」
「い、い、いや。いいんです」
は、は、は、はは。
いつもの俺に向けられた石野の笑顔は何だったんだ?
そんな思いをおしこめて、頭を照れくさそうに掻きながら、石野に返す。
「じゃあ」
石野はそう言うと、身をひるがえして小走りに駆けて、俺から遠ざかって行く。
そんな石野をがっくし気分で見送ると、ふいに現実が襲ってきた。
くすくすと俺の事を笑っている女生徒たち。
ぷっと吹き出しそうな顔の男子生徒たち。
こんな事、無かった事にしてやる!
そんな気持ちであの装置をポケットから取り出して、ボタンを押した。




