告る決意
広がった赤みを帯びた夏の空が映る窓際に置かれた、自分の部屋のベッドの上に寝転がって、試験の結果を思い起こしていた。
中途半端に上がった成績。
それが、あの装置が俺に与えてくれたものだった。
石野は俺を認めてくれるだろうか?
あの笑顔を信じていいのだろうか?
不安が無い訳じゃない。
そんな悩める俺に、不純な俺が囁き始める。
「石野はやめて、茉実とつきあえばいいじゃないか。
女の子と付き合ってみたいだろ」
「好きな石野がいると言うのに、そんな事できないだろ」
純な俺が言う。
「なら、今から茉実を好きになればいいだろ」
「そんな簡単に人を好きになったりできるものかよ」
「いつまでも、茉実との事の結論を出さないでいると、茉実にも逃げられるぞ」
「そ、それは困るような……」
「なんだ、やっぱお前も不純じゃねぇか。
ここは告って、きっぱり未練を絶つべきだろう」
確かにこのままうじうじしていても、始まらない。
「よし」
俺は気合を入れて、ベッドから飛び起きると、机の引き出しの中を漁ってみた。
探し物は便箋。
やっぱ昔ながらの手だが、直筆の手紙だろ。
そう考えたからだ。
まず目に入ったボールペンを机の上に置いて、便箋を探す。
鉛筆、紙屑、ホッチキス、紙屑、ノート、紙屑、紙屑……。
机の中にあるのは役立たないものばかり。
そもそも便箋なんて物を買った記憶がないのだから、引き出しの中に無いのも当然だ。
ノートの切れ端に書くわけにもいかない。
家にはあるかも知れないが、バリキャリの母親が今日帰ってくるのは遅い時間だ。
とりあえず、部屋を飛び出して、隣の妹の部屋に飛び込んだ。
「なに? おにいちゃん」
床に座った状態で、妹の彩佳が俺を見てたずねた。
「彩佳、便箋持っていないか?」
「びんせんって、なに?」
「手紙を書く紙だよ」
「うーん」
そう言って、ちょっと考えた顔つきで小首を傾げてから、元気よく答えてくれた。
「わたし、字かけないから、持ってないかも」
やっぱ、年の離れた保育園児の妹では持っていないらしい。
俺は覚悟を決めた。
男らしく、直接告る事を。
茉実に邪魔されてしまったが、元々あの放課後の教室で告っていたはずなんだから。
次の日、俺は校舎の玄関近くの壁に寄りかかって、石野が現れるのを今か今かと待っている。
校舎の外に目を向けると、眩しい日差しが舞い降りる校庭はまばゆい陽光を反射して、目の前の光景は輝いていて、校庭を歩いて校門を目指す下校途中の白い夏服に身を包んだ生徒たちも輝いて見える。
それはただの視覚的な輝きだけではなくて、今日の授業も終わり、近づく夏休みが生徒たちに解放感を与えているからに違いない。
こんな時は気分も緩み、ガードも緩くなっているに違いない。
石野を落とすのも、あの日よりも、今日の方が確率的に上がっていると言う可能性だってあるはずだ。
時折、廊下側に目を向けながら、石野を待つ。
まだか? まだか?
そんな気持ちと、告る事を思いとどまろうとする気持ちが俺の中で入り混じっている。
振られる恐怖心。
それが大きくなると、俺の決意を鈍らせてしまう。
結局、今のままの日々がずるずると続く。
ポケットに手を突っ込み、あの装置がある事を確認する。
よしっ!
これさえあれば、振られたって、無かった事にできる。
恐怖心を抑え込み、告る決意をもう一度固めた時だった。
楽しげな表情の石野が同じクラスの女子と一緒に現れた。
友達と一緒に下校。
当然、想定しておきべきことが、抜け落ちていた。
どうする?
少し迷ったが、答えはすぐに出た。
あの装置をぎゅっと握りしめ、決意を確認する。
あの日の放課後の時と同じで、鼓動が高鳴って、俺の体を揺らしている気さえしてしまう。
石野は上履きをしまい、自分の靴に履き替えて、校庭目指して歩き始めた。
立っている俺に気づいた石野が、にこりと微笑んでくれた。




