この装置をテストに使って!
かなり役に立つ。
そう思っていた1日をリセットする装置だったが、あの日を除けば、使う機会はなかった。
俺の日々が平和なのかも知れない。
そして、久しぶりに使う機会。
それは今日からの期末テストの日々である。
先生がその手に握っているテストの束を配り始めると、試験用紙が順番に後ろに回されていく。
俺の前の奴が、俺にテストの束を届ける。
俺は一枚取り、残った束を後ろに回す。
裏返し状態で机の上に置いてあるテスト用紙を眺める。
いつもなら、40点台の数学。
今日の目標は100点満点。
唾をごくりと飲み込み、鉛筆を持つ手に力を込める。
クラス全員にテスト用紙が行き渡ったのを、先生が見渡して確認する。
「はじめ」
号令と共に、一斉にテスト用紙をひっくり返す音が、沸き上がる。
俺もテスト用紙を表に向ける。
ここで俺がする事は、問題を解く事じゃない。
とは言え、白紙で出せば、職員室に呼び出される可能性があるので、適当に書き込む。
最も大事なのは問題を覚える事。そこに極力時間を割く。
そして、その日の試験が終わるとリセットして、一日前に戻って問題の内容を勉強する。
これを繰り返せばいい訳だ。
そんな事を考えながら、問題に目を向けた。
「1.円 X^2+Y^2=25に接し、傾き2の直線の方程式を求めよ。」
(注釈:上付き文字の代わりに、べき乗マークを使いました。X^2はXの二乗です)
円の接線の問題か。
できれば、数値も覚えておきたい。
呪文のように何度か、問題を頭の中で読み上げて、俺の記憶領域にデータをインプットする。
「2.4点A(1,0,0)、B(1,1,0)、C(1,1,1)、D(0,1,1)がある。線分AB,BC,CDの中点をL,M,Nとする。3点L,M,Nの座標を求めよ。」
げげっ!
1と0が多すぎ。
これは数値まで覚えられやしない。
慌てて、10問、全てに目を通す。
覚えるだけでも、至難の業だ。
両腕を組んで、白紙の答案とにらめっこをする。
とりあえず、数値は置いておいて、どんな問題かと言う事だけ、覚えておくことに決めた。
答案には適当な書きちらしをして、全ての時間を記憶に割く。
呪文のように頭の中で、問題を繰り返す俺の耳に終了のチャイムが届いた。
「はい。そこまで」
先生の号令と共に、教室の中に張りつめていた緊張感は消失した。
俺はと言うと、先生が教室を出て行くまで、覚えたテストの内容が上書きされないよう他の事は考えず、覚えたテストの内容を極力こぼさないよう体も無用に動かさないようにしていた。
そして、先生が教室を出て行くのを見送ると、机の中からノートを一冊取り出して、そのノートの中に、頭の中のテスト問題のイメージをどっと注ぎ込むように、書き写していく。
そんな事をテストの度に繰り返し出来上がったのが、今日一日のテストの内容のエッセンスだ。
これを持って、一日リセットして、勉強する。
むふふ。と、笑みを浮かべながら、カバンからあの装置を取り出して、ボタンを押した。
もう慣れてしまった俺を襲うくらくら感。
くらくら感が薄れるとともに、目の前に広がって行く過去の光景。
賑やかな教室の中、俺は自分の席に座っていた。
問題を覚えるだけでも思った以上の労力であり、俺の能力では全てを覚える事は困難だった。
が、それなりの問題は覚えられた訳で、あとはこの問題の正解を手に入れ、完璧に記憶すればいい。
石野が思ういい成績には及ばないだろうが、今より成績を上げる事で、俺のポイントはアップするはずだ。
ちょっと、そんなむふふ気分で、左手に目を向ける。
あれ?
さっき、問題を写したノートが手に無い。
慌てて机の中の物を机の上に出して、さっきのノートを探す。
あった!
ノートを見つけて広がった安堵を後ろから不安がかき消していく。
恐る恐るページをめくって行く。
さっき俺が書いた問題はどこにも無いじゃないか!
俺の頭の中に、あの男の姿が浮かび、こう言った。
「一日をリセットする装置なんです」
そうだった。
だから、あの日、一日リセットした俺の手元にはあの装置は無かったんだ。
あったのは俺の記憶のみ。
当然、あの日と同じで、明日のノートが、今日ここにあるはずはない。
唯一頼れるのは、俺の記憶だけ。
それに気づいた俺は、ちょっと呆然としてしまった。
こんな大事な事に、今頃気づくなんて。
しかも、全ての記憶をあのノートの上に注ぎ込んでしまい、今の俺の頭の中はほとんど空っぽ。
もしかして、俺ってばかぁ?




