93話 フェイマの街 2
「君は?」
僕は、声を掛けてきた少女に思わず問い返していた。
少女の年頃はおそらく十四、五程。短く肩の辺りで揃えられた白銀の髪に、前髪を留めるための、紺色のヘアバンド。大きな琥珀色の猫目が特徴的だが、それ以外に特に目立つ風貌というわけでもない。こんな場所には似つかわしくない、小綺麗な紺色のワンピースを着ている。
スカートの縁と、胸元にも白いレースを使った、高価に思える服。
手には、可愛らしい角うさぎのぬいぐるみを持っている。
角うさぎのぬいぐるみには、キラリと光る綺麗な黄色の石のついたリボンが巻かれていた。
「ここは、よそ者がうろつく場所じゃない。だから、帰った方がいいよ。表の世界へ」
表? 裏? 表へ帰れと警告してくる少女の言葉を信じるなら、ここは、裏ということになるのだろうか。
うーん、抽象的だけど、これは渡りに船かもしれない。
「あの、忠告してくれてありがとう。でも、なんだか迷っちゃって。ここから表通りに出るには、どうすればいいかな?」
「・・・・・・・・・。」
あ、あれ? そこで黙りこんじゃうの?
僕は唐突に現れた少女にどう対処していいかわからず、途方に暮れかけたんだけど。
「・・・・・・隠れて! どこか、隠れる場所・・・!」
慌てたように、周囲に隠れられそうな場所がないかを探すけど、たまたまいたのは小さな路地のため、そんな場所はどこにもない。
そして、どうして少女が唐突に黙っていたのかがわかる。
複数の足音がこちらに向かってきていた。
危機察知スキルが反応している。
すなわち、こちらに危害を加えようとしている輩ということだ。
街について早々、揉め事は避けたいなぁ。
「僕がここにいること、黙っといてくれる?」
「え?」
僕は人差し指を一本立てて口許に当てて、笑ってみせる。
幻惑魔法と光魔法を用いて、自分の姿を周囲の風景と同化させて隠す。
光魔法のスキルレベルが高いので、こういうことも造作もなくやれた。
「・・・・・・な!」
少女が驚きに目を見開いた。だけど、すぐに口許を覆ってくれるところを見ると、黙っといてくれるようだ。ありがたいね。
「いたぞ! あいつの娘だ!」
少女は、ビクッと体を揺らしたが、気丈にもその場に留まり続けた。少女の足では追っ手から逃げられないと悟っているからだろう。いや、ひょっとしたら僕の姿が消えても、僕がここにいることを悟っているからかもしれない。
大丈夫かな、と僕が少女の心配をしていると。
柄の悪そうな男が六人程やって来た。
先頭にいた男が、にやにやと嫌な笑いを浮かべながら、少女に近づく。
「よぉ、レーラ。今日もぬいぐるみごっこか?」
「・・・何の用?」
「フフ。お前に用はねぇよ。用があるのはお前が持ってるぬいぐるみだ」
少女は咄嗟にぬいぐるみを腕に抱えた。不安と恐怖が入り交じった表情で男を見上げる。
「知ってんだぜぇ? そのぬいぐるみの石が値打ちものだってことはな。なんせ、あのピッケさんがその石を欲しがるくらいだ。ピッケさんとこに持っていきゃあ、いい金になる」
「私やリツメイに手を出したら、父さんが許さないわ」
少女は、そう口にしたが。
「あぁ、コーメルな。あいつ、賭場で借金しちまって、それで、躍起になってな。そのぬいぐるみを賭けちまったんだよ。けど、大負け。だから、そのぬいぐるみを頂いても、コーメルは何も文句が言えねぇ」
「・・・・・・負けた? 父さんが?」
少女が今度こそ怯えた表情になる。ぬいぐるみを抱きながら、じりじりと後ずさろうとする少女だったが。
既に少女の後ろにも仲間が回り込んでいて逃げられない。
「これは、母さんが私にくれた最後のプレゼントよ。どんな理由でも渡さない」
頑なに、ぬいぐるみを渡すことを拒む少女に焦れたのは、男らの方だった。
「構わねぇ、ちょっと痛い目見せちまえ! あぁ、そうだ。ちょいと若いが、俺らの相手をさせるのもおもしれぇ・・・・・・げぶ!?」
男の顔面に、本が突き刺さっていた。
僕が投げたものだ。ちなみに投げたのは千ページ以上のスキル大全集上巻。
いや、だってさぁ。ちょーっと同じ男として、嫌がる少女を無理矢理手込めにしようってのは、どうかと思ったし。僕が見ている最中に、強姦なんて本気で洒落にならない。
たとえ、ゲームの中でも、守るべき一線は存在するはずだ。
なので、ついつい手が出てしまった。
客観的に見たら、悪いのはぬいぐるみを賭けて大負けしちゃった彼女の父親だけど。彼女自身がまだ納得してないし、情報の確認もできていない。
せめて、情報の正誤ぐらいは確かめなければ渡す気にはならないだろう。
って、何言っても今さら言い訳にしかならないんだけど。
「誰だ! どこにいやがる!」
どこにも何も。目の前にいるんだけどね。姿を隠してるだけで。この方が後々面倒にならなくて済むだろう。
男たちがキョロキョロと辺りを見回す。だけど、僕の姿は当然見つけられない。
少女だけは僕がここにいることを知ってるから、動揺はしても怯えはしてない。
まぁ、透明人間に殴られたと思って、あきらめてもらおうかな。
僕は短剣を抜き、男たちの制圧に取り掛かった。
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