78話 君子、危うきに近づかざるをえず
さて、とりあえず正也の言うことを素直に聞いて、今日のログインは午後五時半となったわけだけど。
アールサンの広場でマサヤと合流するなりトラブルが発生した。
「ようやく来たな、テルア・カイシ」
何故か僕は見知らぬ、いかついおじさんに声を掛けられていた。いや、でも、見覚えある? どこでだっけ?
「なぁ、テルア。このおっさん、知り合い?」
マサヤに問われるが、僕はふるふると首を横に振った。
「覚えておらんかね? 冒険者ギルドで一度会ってるんだが。踊りの輪から助けようとせずに見捨てようとしただろう?」
「あ!」
そこまで言われて、僕は気づいた。そうだ、あの時冒険者ギルドで受付やってたおじさんだ。
「テルア、お前そんなことしてたのか」
マサヤの冷たい視線が飛んでくるが、そっちは無視。だって、あの場合誰だって逃げようとすると思うし。たまたま用事があったから、話しかけただけで。
あ、そうだ。あの時ナーガからの踊りの特訓に付き合わされたの、このおじさんのせいだった。
「まぁ、あの時はよくも見捨てようとしてくれたと文句を言うことはやめておこう。あの後、きっちりと仕返しはしたしな」
「そうしてください。さすがにあのことをまた出されるなら、僕も黙ってはいられませんから」
一晩中踊りの練習させられたのは、二割はこのおじさんのせいだし。残り二割はおじさんから恨みを買った自分のせい。残り六割は当然ナーガのせいだ。
「まぁ、今はその話は置いておくとして。君に頼みたいことがある」
「頼みたいこと?」
僕は嫌な予感がした。結構、このおじさん、油断できない感じなんだよね。ナーガの件にしても、僕にきっちり報復してきたし。
「冒険者ギルドの騒ぎをなんとかしてくれ」
うわー。やっぱり面倒事の臭いがするよ。
「なんとかしてくれたら、そうだな。冒険者ギルドの総力を以て、次の街へお前を送り出そう。もちろん、準備は全てこちらでやる。安心してくれ、特急便を使えば、一時間で着く。乗り心地は悪いがな。酔い止めの薬を山程荷物に入れといてやる。あとは、回復薬もな」
「え、なんか恩に着せた言い方してるけど、つまりは体のいい厄介払いなんじゃ・・・」
僕が疑問を口にすると、おじさんは怒気をまといながら、僕の肩をつかんで、僕を睨み下ろした。
「はっはっはっはっは! 今さら言うのか、それを! 実力行使で排除できるならやってるところなんだがな、あいにく、このアールサンの街でお前に逆らえる人間はいない。と、なると自発的に出ていってもらう手筈を整えるしかないだろうが! とにかく、冒険者ギルドの中で無茶苦茶やらかしてるあいつらを連れてさっさとこの街から出ていけ! これ以上いられると、冒険者ギルドの機能が本気でマヒする!」
無茶苦茶やってるあいつら、ねぇ。何が起きたのかはわからないけど、心当たりはいやと言うほどにある。
ま、この様子じゃ引き受けるしかないんだろうけど。
「なぁ、テルア。お前、ログインする度にこんな風にぽこぽこイベントフラグ立てまくってたのか?」
「別に好きで立ててないよ。勝手に立つだけ」
「なんか、お前を見張っててもトラブルが向こうから狂喜乱舞してやって来る不吉な図が思い浮かんだんだが」
「僕に言われても困る。トラブルに言って、それは」
漫才のようなやりとりをしていた僕らだったが、痺れを切らしたおじさんに首根っこを捕まえられて、ずるずると引きずられながら、冒険者ギルドへと向かう。
ドナドナされる子牛の気分だよ。
冒険者ギルドに着いた僕らは、唖然とした。
え、ここだよね? 間違いないよね? ここが冒険者ギルドで合ってるんだよね?
冒険者ギルドはたった一日で何故か十五階建ての高層ビルみたくなっていた。 なんじゃ、こりゃ。誰が改築したの? と、問うと。
「あのお前に踊りを教えたダークエルフだ。中はもっとヤバイことになっている」
そんなことを言われたら、入るのやめようって気になるんだけど!?
「とにかく、全ての原因はお前にある。だから、この騒ぎもお前が後始末するのが筋だ」
「それ、他人任せって言うと思うんだけど、おじさん」
「これをなんとかできる冒険者かプレイヤーか。いるなら会ってみたいものだな」
そんなにヤバイことになってるの!?
これは、本気で覚悟を決めて、中に入った方がいいかもしれない。
「あ、マサヤはどうする? この中、僕と一緒に入る?」
「行きたくねぇけど、お前一人にさせんのも不安だからな。行かせてもらう」
こうして、僕らは冒険者ギルドの入口の扉を開いたのだった。途端、僕の目に飛び込んできたのは。
「も、」
「も?」
「もふもふがいっぱいだぁあああ! すごい、すごすぎる!」
僕のテンションは一気に上がった! だってもふもふだよ! もふもふの魔物が眼前にいるんだよ。これを触らずに通りすぎるなんて、そんな真似、僕にはできない!
もふもふの丸っこい体をもった、もっふりという名前の魔物は、大漁発生しているらしく、ワンフロアーを埋め尽くしているようだ。
このフロアのもっふりを仲間にするべく、僕は嬉々として、戦いに挑んだのだった。
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