70話 もやもやする!
昼休み、衝撃的な事実を知ってしまった僕は、しばらく硬直してしまっていた。
何故、ナーガがあの変な魔物に追いかけられてるのか?
その疑問がぐるぐると頭を巡っては、つい唸ってしまう。
眠気なんて、この事件の衝撃で吹っ飛んでしまった。
ナガバの森の異変。これには、おそらく十中八九、ナーガが関わっている。
僕は頭をがしがしとかいた。
できれば今すぐログインして、ナガバの森に行きたい。
でも、当然授業は午後もあるわけで。
1月末に中間テストがあるし、ゲームをしたいので家に帰りますというのも、ズル休みなので気が進まない。
絶対に今日の授業態度だと仮病と断定されそうだし。
「あぁ、もう! 正也のバカ! 掲示板なんて見せられたせいで、今すぐゲームにログインしたくなっちゃったじゃないか!」
苛立ちを正也にぶつけると、正也は当然、「俺のせいじゃねぇだろ!」と反論してくる。
「ってか、輝。お前このダークエルフ、知ってんのか? 何者だってコメントもちらほらあるが」
「魔物に追いかけられてる理由は知らないけど、知り合いだよ。ナガバの森で生け捕りにしたダークエルフ。ちなみに大の踊り好き。その気になればきっと一晩中でも踊ってると思う。踊りに命かけてますって感じ。僕の今日の寝不足は全てナーガが原因」
「うわっ! やけに具体的だな、おい。知り合って間もないんじゃないのか?」
「時間は短くても、踊り好きなのはすぐにわかるよ。出会って、一分で踊りの輪に強制参加だもん」
正也は黙りこんだ。さらに、僕に哀れみの視線まで向けてくる。なんか、少し腹立つんだけど、その表情。
「ま、強く生きろよ、輝。きっといいことあるさ」
「・・・悪いことばかりしか起きてない気がするけどね」
「大丈夫だ! お前ならきっと乗り越えられる。よっ、魔物使いの鑑! 奇運に愛されまくった寵児の名は伊達じゃねぇな、やっぱり!」
正也が口にしてるのは、僕の前ゲーム時代のあだ名だ。
魔物使いの鑑っていうのは誉め言葉だから素直に嬉しいんだけど、奇運の寵児って。何故か変なあだ名まで付けられたんだよね。正也曰く、お前をこれほど表すあだ名はない!とか言ってたけど。
「ねぇ、正也。さすがにそろそろ黙らないと、僕も本気で怒るよ?」
「・・・・・・スミマセン」
僕の本気の怒りの片鱗を感じたか、正也が素直に謝罪してくる。
元々、本気で他人が嫌がることには手を出さないからね、正也は。
と、正也と掛け合い漫才やってる場合じゃないや。
僕は、自分の携帯端末を取り出すと、登録済みのメルアドにメールを送った。
予想通りというか。すぐに僕への返信メールが届く。
「メールか? 相手は誰だ?」
「じいちゃんだよ。よし、じいちゃんの方も了承してくれた。これでログインしたら、ナガバの森にすぐに行ける」
「え。輝、お前まさか・・・」
「サボりはしないよ。午後の授業終わったら即帰る。帰ってゲームにログインする」
授業はサボんないって。サボっても家にいる母さんを誤魔化してさらに、ゲームをするのは困難だからね。
「えぇー! ちょ、待て。入口には、紅蓮の騎士団のギルドの連中がいるんだぞ? それ以外にも、一回お前が負けてる魔物なんだろ? 負けるって、絶対! やめとけ!」
正也が珍しく慌てながら僕に忠告してくる。でも、ごめん。もう決めてるから。
「あのね、正也。負けるかもしれなくても、このまま無関係で結果出るまで放置なんて、僕の気が収まらないよ。それに、このままだとナーガやられちゃいそうだし。知り合いがやられるとこは、あんま見たくない」
「知り合いったって、相手はゲームキャラだろ?」
「・・・・・・僕はそのゲームキャラに会えなくなって、しばらくゲームできなくなるほど、ショック受けたんだけど」
ピリッとした空気が正也から放たれた。部活中の正也がたまに放っている闘志みたいなものが感じ取れる。
「輝。お前はいつも、ゲームキャラへの思い入れが強すぎる。どんなに好きになっても、相手は架空の存在。現実には存在しないんだ」
「架空の世界でしか会えないからこそ、会える時間を大切にしたいじゃないか。それに、架空の世界だからこそ、無茶できるんだよ、正也」
正也は嘆息した。ずるずるとさっきまでの僕みたいに机の上に突っ伏す。
「あー、もう。だから、嫌なんだよ、お前は。ゲームにはまっちまうと、バカみたいにのめり込むんだから。ここまでのバカは見たことねぇよ」
「あはは。心配してくれてありがと、正也。大丈夫。ゲームの世界だって、ちゃんとわかってるから、さ」
疑わしそうに、ちょっと不満げに頬を膨らませて、僕を睨み上げてた正也は、最後にもう一度嘆息して、いつもの調子に戻った。
「ま、言っても聞かない性格なのは俺も知ってるしな。確かにゲーム内ならいくらでも無茶できる。負けんなよ、あんな変なのに」
「了解。さて、じゃあ午前中出た課題でもやっとこうかな」
少しでも家に帰ってからの手間を省くために、僕はノートを広げたのだった。
やきもきしながら僕は午後の授業を乗りきると、HR終了後に家へと猛ダッシュで帰り、制服も着替えないまま、「ファンタジーライフ」にログインした。
「じいちゃん!」
「おお、来たか、テルア」
アールサンの広場に着くと、連絡を入れてたじいちゃんと合流する。
「じいちゃん、お願い! すぐにナガバの森に連れてって!」
「・・・・・・やはり、行くのかの。テルア。正直、儂はあんなところにお主を連れて行きたくないんじゃが・・・」
「お願い! じいちゃん!」
僕は上目遣いで、じいちゃんに必死に頼み込んだ。すると、じいちゃんが「う」と言いながら呻く。
「う、上目遣いは反則じゃ、テルア! あーもう、わかった! 連れて行くが、儂はおそらく森には入れんぞ? 儂の助力はないということじゃ。それでも行くのかの?」
「行くよ。行かなきゃいけない。何が起きてるのか知りたいんだ、僕は」
数秒、じいちゃんと見つめ合う。じいちゃんは根負けしたように僕から視線をそらして嘆息した。
その表情、昼休みの正也にそっくりだよ、じいちゃん。
「はぁ。わかったわい。儂の負けじゃ。好きなところに連れてってやるわい。他ならぬ、テルアの頼みじゃからの」
「ありがとう、じいちゃん!」
僕は、じいちゃんに喜びのあまり抱きついた。じいちゃんはそのまま転移魔法を発動させる。
一瞬で視界が切り変わる。
見慣れたアールサンの広場から、ナガバの森入口へと。
今まさに闘志をたぎらせて、ナガバの森へ突撃しようとしていた(おそらく)プレイヤーたちの輪のど真ん中に、僕とじいちゃんは出てしまった。
これには僕もじいちゃんも、そしてプレイヤーたちも驚き、全員動きが一瞬止まる。やがて。
「なんだ、こいつら!? いきなり出てきたぞ!?」
「プレイヤーか、キャラか、どっちだ!?」
「バカ! キャラに決まってるだろ! 一瞬で現れたんだぜ? んなことできるプレイヤーなんていないだろ!」
敵か味方かわからないから、輪の外のプレイヤーたちが騒然とする。
じいちゃんはうーむ、と唸り、僕をひょいっと抱え上げる。
「テルア、良いか。もしも普通の攻撃が効かない魔物が出たらじゃな・・・・・・・・・するんじゃ。おそらく、それでダメージを与えられるはずじゃ。良いな?」
「あ、うん。それはわかったけど。じいちゃん、これって・・・」
「なーに、こういう面倒な状況は儂に任せればいいんじゃ。と、いうわけで。行ってくるんじゃぁああああ!」
叫びと共に、じいちゃんは跳躍し、数メートル上空に到達すると、僕の体をぶん投げた。
なんか、ナガバの森入口近くの、黒い塊になってるところへ。
「うぎゃああああああ!?」
僕の体は一直線にそちらへと飛んでいき。
どっかーん、と派手な音と共に、僕は地面に叩きつけられた。ただし、じいちゃんが結界を張ってくれていたからか、ダメージはない。
むしろ、深刻なダメージを負ったのは。僕の下敷きになった黒い塊・・・ではなく、黒鋼蟻だった。
「うわ、ごめん! ヒール!」
慌てて瀕死の黒鋼蟻にヒールを掛けた。HPが全回復するまで、掛ける。
と、いうか。改めて考えてみると、どうしてここにアリたちがいるのだろう?
また、逃げてきたのかな?
アリたちは、僕に群がりながら口々に説明してくれた。
ダークエルフの少年と強い魔物が来たから、また巣から逃げてきたこと、ダークエルフの少年と魔物が巣の中にいること、暴れている魔物が大百足であること、助けてほしいこと、等々。
アリたち、結構人任せだね、と思いかけた僕だったけど。
一匹のアリが僕の前に来た。
・・・・・・スマデ、アンナイスル。
無責任とか思ってごめん、アリたち。最低限の責任は果たそうとしてるんだね。僕はアリの道案内を得て、再びアリたちの巣に向かったのだった。
次→19時




