69話 絶望の中にさした光(※ナーガ視点)
※今回、途中に残酷描写があります。苦手な人は注意してください。
はぁ、はぁ、はぁ。
息が上がる。傷の具合もひどく、目が霞み、いつもならば余裕で貫ける的であっても外してしまう。
ごう、と自分に食らいつこうとする百足の攻撃を避けて、疲労で重くなった足に力を込めて、なんとか距離を取る。
弓矢には、適正の距離というものがあり、それを維持しないと攻撃力が下がってしまうばかりか、的を狙えないという最悪の失敗に繋がる。常に相手との距離を意識しなければならず、それらは疲労蓄積にますますの拍車を掛けていた。
黒鋼蟻の巣の最深部で、ナーガは勝利するまで終わることのない戦いに身を投じている。
こちらの攻撃は、百足の硬い装甲に阻まれ、回復手段もない。目を狙うが鎧のように体を取り巻いている瘴気のせいで大したダメージを与えられない。
対して、相手は体力が無尽蔵であるかのように、ナーガに執拗に攻撃を繰り返し、ナーガにダメージを与えてくる。一度でもまともに喰らえば、それだけで動けなくなるだろう。圧倒的な力の差は、絶望的ともいっていい。
「ちく、しょう。倒れろ、よ!」
魔弓に魔力を込めて、矢を放つ。だが、百足が狙いではない。
百足の頭が来ると思われる場所の天井部分。そこに、矢を叩き込む。
百足がナーガへと迫る。
ナーガは動かない。
じっとその場に佇むのは、そうしなければ百足が進路を変えてしまうからだ。
矢の天井部分への到達。矢が爆発し、上から土砂が降り注ぐ。
それらは迫っていた百足の頭に見事に命中し・・・だが、百足の勢いを完全に止めることができなかった。
ナーガは百足の攻撃を慌てて避けようとしたが、迫り来る百足の顎から逃げきることはできず。
右脇腹を、百足に食いちぎられる。
「ぐっ。うわぁあああああ!」
あまりの痛みに叫びを上げる。
さらに、状況は悪化する。
どしゃ、とナーガの体が地面に倒れた。手足が痺れ、立ち上がることさえできない。
「・・・・・・!」
麻痺毒を受けたことをすぐに悟ったナーガだったが、麻痺を回復する魔法など覚えていない。
そんな、とナーガは思う。
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
百足はようやく動きを止めたナーガに襲いかかり、止めをさそうとした。
だが。
百足はナーガに襲いかかる直前に方向転換をした。
最深部への唯一の入口へと頭を向けて、警戒をしている。
ナーガは麻痺によって体は動かなかったが、入口からやって来る、とんでもない圧迫感は感じ取れた。
圧迫感だけで、恐れを抱いて動きが鈍ってしまいそうだ。
一体、何がこの最深部に来ようとしているのだろうか。
状況は、もう最悪に近いのに。まだ悪化すんのか、と投げやりな気持ちになってしまう。
だが。せめて。来るものの正体くらいは知りたい。
「この道を真っ直ぐ行けば、最深部だってアリさんは言ってたけど。ナーガ無事かな?」
ナーガが耳を澄ませていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
まさか、と思う。
きっと、死が近くなったせいで、幻聴でも拾ったんだろうと。
そもそも、あの少年がこんなところにいるわけがない。
だというのに。この胸の高鳴りはなんだろう。
信じられない気持ちと、信じたい気持ちで心がぐらぐらと揺れる。
あぁ、自分は。この期に及んでまだ期待しているのか。助かることを。
「ふぅ、やっと着いたかな?」
・・・幻聴などではない。
最深部の入口から入ってきたと思われる人物の声が、はっきりとナーガの耳に届いた。その瞬間、ナーガは涙が溢れて止まらなくなる。
どうして自分が泣いてるのかさえ、ナーガはわからなかった。
わからなかったが、しかし。
たとえ、ここまで彼が来たのがナーガのためではなかったとしても。
ナーガは嬉しいと思った。
この絶望的な状況で、相手は神の僕とも呼ばれる眷属だ。
万に一つの勝ち目もない。
本当は今すぐ逃げろと叫ぶべきだろう。
それができないのは、麻痺のせいなのか、それとも溢れた気持ちを抑えられずに嗚咽を噛み殺しているからだろうか。
「あ、君がナガバの森で暴れてくれた大百足だね。僕はテルア・カイシ・クレスト。君に恨みはないけど、色んな魔物が君の存在に困ってるんだ。だから・・・」
次に放たれた言葉は、ナーガが驚くほどに強い力が込められていた。
「悪いけど、倒させてもらうよ」
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