65話 不安(※ナーガ視点)
どさっ。
音と共に少年はソファーに寝転んだ。
黒い長髪に、つり上がり気味の紫色の双眸。綺麗だ、可愛い等と称される顔立ちをし、とんがった長い耳が、黒髪の間からぴょっこりと出てる。褐色の肌と特徴的な耳は、ダークエルフの一族に特有のもの。名前はナーガ。少年の姿をしているが、年齢は軽く倍を越している、見た目詐欺の少年だった。
思いきり踊れた。ナーガにとって、その爽快感と踊った後の疲労は何物にも代えがたい宝物だった。
疲れたが、とても心地よい。
ミラーボールも、音楽も掛かっていない、ディスコ風の大部屋。
ナーガ以外の者は、床に大の字でのびている。
ナーガは、ソファーに寝そべりながら、昨日出会ったテルアのことを思い出していた。
最初に見たとき、炎を連想させる子どもだなと思った。
強い意思を宿した金色の瞳に、赤い髪。全身を黒で統一していたが、別段不恰好というわけでもない。
人にしては珍しい色合いだったが、 こんなところに子どもが夜遅くまでいるのは感心できなかったから、家まで送ると申し出た。
だけど、その必要はないと、頭の片隅ではわかっていた気がする。
今から考えると、ただ、きっかけが欲しかったのだ。話しかける、きっかけが。
(バカだな。今さら、俺が仲間なんてつくれるわけねぇのに。テルアも俺なんかの言うことをころっと信じちまって。なんで、気づかねぇんだよ。俺はお前を騙してんのに)
蠍のことも、踊りのことも、テルアに教えた情報のほとんどはでたらめだ。
ナーガはテルアに嘘をついた。
本当は知ってる。蠍の正体も。あれを倒す方法も。踊りがあれに効果的なのは間違いではないが、それだけではあれは倒せないのだ。
「・・・・・・・・。」
長く、独りでいすぎた。それをナーガは痛いほどに実感していた。
同族のダークエルフからも最初から見捨てられていた自分。
どんなに頑張っても、努力しても、誰にも認めてもらえなかった。
向けられる、哀れみと嘲笑。
悔しくて悲しくて、つらかった。
認めてほしかった。たった一人でもいい。自分には価値があると。お前がいて良かったと。言われてみたかった。
でも、そんな日は来なくて。
気づけば踊りを自分の慰めにしていた。
頭を空っぽにして、辛い現実を忘れたくて、一心不乱に踊り続けて。
そうすると、気持ちが安らいだ。
それで、なんとか心のバランスを保っていたのに。
自分は不要と、一月前のあの日、同族すべてから突きつけられた。
だから。だから、ナーガは。
神への儀式を邪魔した。
怒声と悲鳴。誰かの恐怖の叫び。
邪魔した後のことは、まるで覚えてない。気づけば、地下牢っぽいところに入っていた。
踊れないことが不満で、それなら自分で居心地よくしようと、改造を始めたら、原型を留めないくらいにやってしまった。改造については、後悔はしていないが。
おかしなもので、儀式を邪魔して地下牢で目を覚ました後は、抱えていたものがきれいさっぱり消えたように、スッキリとしていた。まるで、生まれ変わった気分だった。
だから、今度こそ面白楽しく、毎日を生きたいと望んだけれど。
儀式の邪魔をしたナーガは、神からの怒りを買ってしまった。
そして、徴をつけられてしまっている。
この徴がある限り、どこにいてもナーガの居所は神へと知れ渡り、神からの刺客が送り込まれる。
いや、神だけではない。
おそらく、同族のダークエルフからも恨まれているはずだ。彼らはナーガを許さない。地の果てまででも追ってくるだろう。
「明日の朝一番で、ここを発たないといけねぇな」
ナーガは今まで誰かに助けられたことがなく、誰からも見捨てられていたために、誰かに頼るということを、知らなかった。
知らなかったが故に、選択を間違えてしまう。
だが、正解を誰からも教えてもらっていないのだ。
間違えてしまう彼を、誰が責められよう。
早朝、彼の姿はもうアールサンの街にはなかった。
5/15日は、予告通り工事します。次→5/16
8時。




