61話 クエスト08―4
異常の一言ではとても片付けられない異変を目の当たりにして、僕とムアさんは動揺した。
「ここがアリたちの巣なんだとしたら・・・」
「厳しいことを言うとー、他の黒鋼蟻は全滅したのかもー。だからアリたちは森の入口にたむろしていた、そう考えるのが自然かなー」
「でも、これは本当に自然発生した異常ですか?」
ムアさんは首を横に振る。
「あり得ないよー。僕が生きてきた中でも、こんなことは初めてだからー。鍵を握ってるとしたらー、あのダークエルフだねー」
「そうですか。巣の中に入ってみないと、何が起きてるかはわからないってことですね」
まさか、という顔をしつつ、僕を見遣るムアさん。僕は苦笑しながら、巣を指差す。
「行くしかないでしょう。ここまで来て、放置はさすがにアリたちが可哀想です。巣の周囲のアリたちの二の舞になるかもしれないですし」
「正気ー? それは、おすすめしないよー。少なくとも、あの中にはアリたちが死ぬ原因になった何かがあるのは、わかりきってるんだからー」
「ないかもしれませんよ?」
「あるよー。君には感じられないー?あの巣から立ち上ってくる嫌な風がー」
ぶるっと身を震わせるムアさん。顔色が青を通り越し白に近くなってる。
「ムアさん、大丈夫ですか!?」
僕が慌ててムアさんの背を撫でると、ムアさんはようやく息ができたと大きく息を吐く。
「あのねー、巣の中から瘴気が出てきてるんだよー。本当に巣の中の探索をするつもりならー、装備を整えないと危険だよー。こんなに濃い瘴気は僕も初めて・・・」
不意にムアさんの言葉が止まる。ガタガタと震え出すムアさんの視線は、僕の後ろ、巣の入り口へと固定されてる。
危機察知も、気配察知も反応しなかった。
だけど。五感はしっかりと捉えてる。
嫌な風がいっそう、強まった。
風に合わせて、何かを引きずるかのような音が聞こえてきている。
僕はごくりと喉を鳴らしながら、意を決して振り返った。
そこに、それはいた。
黒いへどろみたいなもので全身を覆われ、嫌悪感と吐き気を覚えるような、禍々しく、醜悪な、体長八メートル程の蠍の形をした、それ。
言われなくても、ただの魔物じゃないとわかる。いや、あれは魔物ですらないのではないだろうか。僕の気持ちなどお構いなしに、ログが流れた。
イベント戦闘が発生しました! ※この戦闘からは逃げられません。
??????が現れた!
うそだろ、と頭をかきむしりたくなった。
あれから逃げることができないとか、運営の鬼畜め! ってか、イベント戦闘って!
仕方なしに、僕はアリの背から降りる。
「アリたちは下がれ! 巣から全力で離れろ!」
僕の飛ばした指示に、アリたちはすぐに従う。あの蠍を見た瞬間、竦み上がって動けなくなったみたいだけど、一時的なものらしい。アリたちが、来たときとは違い倍の早さで巣から離れていく。
ムアさんを乗せてるアリも、他のアリと同様に、巣から離れていく。
僕は相手に怯まないように、それを睨み付けた。
それは、ハサミをガチガチと鳴らしながら、僕に突進してきた。
なんとか突進を避け、避け様に蠍に浄化を試してみる。だが、大したダメージは与えられない。
??????に、50のダメージを与えた!
これを倒せるとは、とても思えない。僕がそう考えている内に、蠍は再び僕に突進してきた。それを避けようとしたんだけど。足が動かなかった。
足元をよく見れば、蠍の突進でこぼれた黒いへどろのようなものが、僕の足にはりつき、動きを邪魔していた。
僕はアースクエイクを応用して土壁を作り出すんだけど、その程度で蠍の突進は止まらない!
ガードアップを掛けたんだけど、無駄だった。
??????の攻撃! テルアは10089のダメージを受けた!
イベント戦闘が終了しました!
どさ、と僕はその場で横たわった。
蠍の尾が僕に止めを刺そうと、高く持ち上げられる。
イベント戦闘だったからだろうか?
僕がアールサンの街の広場に飛ばされる様子はない。
これ、多分負けイベントの一種だ、と半分冷静な頭が結論を導き出す。
となると、イベントの本番はこれからってことになるんだけども。
ドドッ。ドドドドドッ。
蠍が僕に止めを刺す前に、僕は横合いから現れた勇猛な金の鹿に、助けられていた。鹿の角が蠍の硬い硬皮を貫いてる。
蠍は耳障りな断末魔の叫びを上げながら眼前で弾け飛びながら細かい粒子になった。
「助かったー」
イベントとはいえ、展開の先が読めずに、ドキドキしてしまった。
金の牡鹿の側に、銀の牝鹿までやって来る。
銀の牝鹿が僕を助け起こしてくれた。
その際に、銀の牝鹿の体が光り、僕は感じていただるさや疲労感が嘘のように抜けていくのを感じた。
さらに、鹿たちはアリたちの巣の周りを足踏みしながら、飛んだり跳ねたりした。鹿たちが動いた後には、光の軌跡が残り、それは何かの模様みたいにも見えた。鹿たちが動きを止めて、光が収まると浮き上がっていた模様も消える。役目を果たしたということだろうか。
「助けてくれて、ありがとうございました」
僕は鹿たちにお礼を述べた。鹿たちは僕が元気になったのを見ると、森の奥へと消えていった。
なんだったんだろう、あの鹿たちは。
明らかに特別な雰囲気があったし、森の守護をしている特別な鹿たちなのかな?
何はともあれ、助かったよ。
あぁ、疲れた。
ふと気づくと、僕は手に何かを握っていた。金の毛と銀の毛。
あの鹿たちの置き土産だろうか?
「毛、ありがとねー」
聞こえないかもしれないけど、僕は森の奥に向かって、手を振りながら再度礼を言った。
さて、アリたちのところに戻って、ムアさんと合流しないと。
僕はナガバの森の入口に向かったのだった。
「テルア君! 無事で良かった! 本当に心配したんだから!」
森の入口ではアリたちとムアさんがやきもきしながら僕のことを待っていてくれた。間延びがないから、本当に心配してくれたんだろう。申し訳なくも嬉しい気持ちになりながら、僕はムアさんに離れた後起きたことを簡潔に説明した。
「金と銀の鹿・・・まさか。テルア君、その鹿たちが助けてくれた後で、何かテルア君にくれなかった? 何でもいいんだけど」
「鹿たちの毛をいつのまにか握ってましたけど」
アイテム袋から、取り出した毛をムアさんに渡すと、ムアさんはしげしげと毛を眺め、僕に告げた。
「これがあれば、アルルン様への感謝の儀式が行えるねー。これ、僕がもらってもいいー? ちょっとだけクエスト報酬に色つけるからー、お願い!」
「いいですよ」
僕がそう答えると、ムアさんは狂喜乱舞した。あまりのハイテンションぶりに、僕がひいたくらいだ。
「じゃあ、これを早く持ち帰ろっかー。さすがにそろそろ街に戻りたいしねー。あのダークエルフも目を覚ましちゃうかもしれないしー」
僕はアリたちに巣に戻れることを教えてあげた。蠍もいなくなったし、鹿たちが色々やってくれていた。多分、あそこはもう大丈夫だ。
黒鋼蟻たちは、再び蟻行列をつくって、巣に戻っていった。
僕たちも馬車を使って街に戻った。
ダークエルフはムアさんが責任もって冒険者ギルドに引き渡していた。ついでに僕もクエストの依頼報酬をもらったんだけど。
「あの、これ倍額だけどいいんですか?」
「いいよー。君がいなくちゃ、そもそも森に入ることさえできなかったしー。もらって、もらってー」
当初の報酬は一万ギルだったんだけど、なんと二万ギルももらってしまった。ムアさんに感謝だね。どこぞの南神殿の神官さんとは違うね。
でも、まだイベクエストクリアをした時の加護を入手してない。このイベントクエストでは入手できないのかな?と思ったら。
「貢物がなんとか揃ったから、明日は儀式をやるんだー。もしよければ君もくるー?」
どうやら、このイベクエは日またぎのイベだったらしい。
当然、行くと返事して、僕はゲームからログアウトしたのだった。
次→5/11 19時




