54話 親子の事情1
さて、子どもさんのお母さん、名前はクレアさんと言うらしい。
クレアさんは、今日はバザールの開催日ということで、稼ぎ時だと気合いを入れていたそうだ。
クレアさんは未亡人で、父親の稼ぎがない分、こういうイベントの時に稼げるだけ稼いでなんとか慎ましく暮らしているらしい。
ただ、クレアさんのお子さんはその分、お母さんと触れあえる時間が少なく、寂しい思いをさせていたことには気づいていたそうだ。
せめて、実家か近所に頼れればいいのだが、実家はここから少し離れた村で、頼れない。
ご近所さんも、仕事を持ってる人たちばかりで、昼間は預かってくれるところがない。
アールサンの街ならば仕事があるため、仕事の少ない村に、戻るに戻れないらしい。
ゲームの世界も厳しいんだね。
今日は、お昼から少し休みを取り、子どもと一緒にバザールを見てまわるつもりだったのだが、あまりの忙しさに目を回して一人倒れてしまい、仕事を失うわけにいかなかったクレアさんは、子どもとの約束よりも仕事を優先してしまった。
子どもとしては、たまらないだろう。
「お母さんなんて大嫌い!」
そう叫んで、子どもは飛び出していってしまった。
そして、子どものことを気にしたまま、後ろめたく仕事をしているところに、倒れた子どもが三つ目蛞蝓の舌にくるまれているのを発見して頭が真っ白になり、仕事を放り出して追いかけてしまった。
つまり、話を総合すると、仕事をしていたクレアさんは、子どもがどこでどう呪具を手に入れ、身に付けてしまったかわからないそうだ。
うん、色々思うところはある。
あるけどね。でも、クレアさんは後悔も反省もしてるし、本当に子どものことを案じているのは、端から見てる僕らにも伝わってくる。ひどい母親だなんて、クレアさんをなじれないよ。
仕事の大変さは僕にはまだわからない。だけど、お金がなくちゃ生きていけないってことはさすがにわかる。
どっちの気持ちも理解できるから、どっちにも肩入れしないよ。
他人がとやかく言うことでもないしね、これは。
「なるほどなんだな。だから、この道具が強力な呪具になってしまったんだな。理解したんだな」
話を聞いていたネギボウさんが、納得したように頷いた。
「どういうこと?」
「呪具の正体は、この指輪なんだな。これがはまってる限り、子どもは目を覚まさないんだな。それだけじゃないんだな。ジャスティスが言ってたように、このままだとこの子どもの命が危ないんだな」
言われてみれば確かに、子どもの指には服装とは不似合いな綺麗な細工が施された銀の指輪がはまっている。
なるほど、これが呪具なんだね。
そんな感じには見えないんだけどなぁ。むしろ、この指輪自身が助けを求めてるような、不思議な感覚を覚える。
「でも、この指輪は本来呪具なんかじゃないんだな。守りの指輪なんだな。身に付けている存在の負の感情を吸い上げて気持ちを落ち着かせてくれる、とてもいい指輪なんだな。でも、指輪にも吸い上げる量には限界があるんだな。吸い上げる量の限界ギリギリで子どもの手に渡ったみたいなんだな。それで子どもの感情を吸い上げきれずに、子どもの心を指輪が取り込んでしまってるんだな。一種の暴走状態なんだな。このままじゃ子どもは心を指輪に取り込まれたまま、死んじゃうんだな」
クレアさんが必死に、ネギボウにすがりついて、お願いします、子どもを助けてと、すがりついてる。
このままじゃクレアさんの身ももたないよ。
「どうすればいいんじゃ、ネギボウ」
「子どもの心を取り返すためには、指輪の浄化が絶対なんだな。でも、ここまでひどい状態だと、僕でも簡単じゃないんだな。道具がないと無理なんだな」
「道具って?」
「時計なんだな」
・・・・・・時計?
僕とマサヤは顔を見合わせる。
「白銀の時計なんだな。時計の種類は色々だけど、長針は常に十二時のところにあって止まってるんだな。それが5個欲しいんだな」
「ひょっとして、これ?」
僕がイベアイテムである白銀の時計をアイテム袋から出すと、ネギボウさんがおおっと声を上げた。
ひょっとして、これ、さっきオークションの司会者が言ってた、イベントの一環なんだろうか?
「これなんだな。助かるんだな。おまけに十二時止まりの時計も都合よくあるんだな。好都合なんだな」
「なんで、テルアがそんな時計を持っていたんじゃ?」
「じいちゃんたちのお土産にしようと思ったから」
じいちゃんの質問に答えると、感極まったじいちゃんに、頭を撫でられた。
照れ隠しのようだ。
「ひとまず、これで浄化の儀式ができるんだな。始めるんだな。もう少し必要な道具があるんだな。取ってくるんだな」
ネギボウさんが、小さい体で、がさごそと部屋のタンスの那珂を漁る。
どこに何があるかわからない僕らは、手伝えることがないと思ったんだけど。
「ネギボウさん。そのタンスの上、何か光ってるよ」
「ん? おお、そう、これなんだな。次は・・・」
タンスの上にあったものをネギボウさんが取ると、今度は山積みにされた本の間がピカピカと光り出す。
「そっちの本に挟まってる物も光ってるけど」
「・・・そうなんだな。これなんだな。最後の一つも光ってると助かるんだな」
うーん、もう部屋で光ってる物はないみたいだけど。
ぎぎぎぎぎっ。
何処かで聞いたような音が鳴る。これはさすがにみんなにも聞こえたみたいだけど、音の出所はわからないみたいだ。
僕はわかったけど。
「入り口から入ってくるまでに積み上がっていた、本の上にあった小鬼の像が鳴いてる」
「ありがとなんだな!」
ほくほく顔で、小鬼の像の周囲を探すネギボウさん。やがて、探し物は全部見つかったようだ。
「こんなに簡単に探し出せたのは初めてなんだな。感謝するんだな」
置かれたのは、小瓶に入った透明な水に、魔方陣が描かれた大きい紙、そして背表紙が青い古びた本だった。
魔方陣の紙を広げて(机と椅子を端にどかした)、その中心に子どもを寝かせる。
そして、子どもを囲うように五つの白銀の時計を設置した。蓋を空けた小瓶は寝ている子どもの指の近くに置かれる。
「とりあえず、最初に子どもの心を呼び出すんだな。それで、子どもにそこにいちゃいけないって説得するんだな。子どもを指輪から引き剥がさないと、一緒に浄化しちゃうんだな。危ないんだな、それは」
「つまり、子どもを説得する必要があるということじゃな?」
「それなら、クレアさんもいるんだし、きっと大丈夫だろ」
「そうだな。母親に頼まれたら、きっと子どもも嫌とは言わんだろう」
「が、頑張ります。あの子は、クリスは絶対に私が説得します!」
みんな、軽く考えちゃってるみたいだけど。そんなにうまくいくかなぁ?
僕の心配しすぎならいいんだけど。
約束ってさ、結構重いし、破っても破られても傷つくものだよ。ましてや、楽しみにしてた約束なら、特に。
誠心誠意謝って、許してくれるかっていうとそうじゃない。最終的に許してはくれると思うけど、意地を張っちゃったり、拗ねたりしてうまくいかないことの方が多い気がする。
でも、今は口に出さない。不安材料を増やすだけだし。
「それじゃあ、始めるのだ。天におわしまする月を司りし女神よ。我が声を聞き、我が思いを知り、我が願いを叶えたまえ。其が力を我に一時貸し与え、聖なる水と白銀の楔をもちて、此方と彼方を繋げよ!」
小瓶の水が飛び出し、丸く円を描いた。そして、そこから寝かされている子どもが透けた姿で出てきたのだった。
次→19時




