52話 みんなの休日
じいちゃんが手に持った揚げパンみたいなのを食べ終えてから、僕はじいちゃんに話しかけた。
「やっぱり、あの魔物大辞典はじいちゃんの仕業だったんだね」
じいちゃんがここに来てるってことは、きっとそうなんだろうと、僕は確信していた。じいちゃんは一瞬考え込みかけ、すぐに納得する。
「今やってるオークションの本じゃな。確かに儂が出した物じゃ。あやつらのジョブ専用の道具が、少々値が張ったものでの。腕のいい職人に、かなりの金額を言われてしもうて。しょうがないんで、金策の一環としてあれを出したんじゃ。中身が同じとはいえ、儂のサインは入っておらんし、直筆でもない、手抜きの代物じゃ」
「え。じいちゃんのサインってなんか意味あったの? プレミアがつくとか?」
じいちゃんのサインがどういう効果をもたらすかわかんなかった僕が聞くと、じいちゃんがちょっとした破壊不可と汚染不可の効果がでるんじゃ、と答えてくれた。
「破壊不可に汚染不可かぁ。最高の鈍器になりそうだね、じいちゃん。具体的には、神殿の神官様に献本するふりして、一撃入れるとか」
僕はアイテム袋から魔物大辞典(魔神のサイン入り)を出して、ちょっと素振りしてみる。角が刺さったら痛いだろうなぁ、これは。
「それくらい、テルアなら朝飯前でできるの」
「証拠が残らないっていいよね。明日は南神殿に行ってこようかな。幻惑魔法の応用編も使ってみたいし。光魔法との相乗効果で倒れる前後の記憶をわからなくさせちゃえばいいし・・・」
「おお! それならついでに幻惑魔法と光魔法の応用で神殿側に不利な噂を流して、不信感を煽り、精神的苦痛を与えればさらに痛手じゃな」
じいちゃんも話に乗ってきたところでマサヤが叫んだ。
「お前ら今すぐその物騒な会話をやめろ! 神殿に何か恨みでもあんのか!?」
「「ただの冗談だよ(じゃ)」」
「絶対嘘だ! 完全に本気だったろ!」
もう、マサヤってば冗談が通じないなぁ。いくら破壊不可でも、僕は本は粗末に扱わないよ。マーラフさんには、クレストのおじさんが毎夜女装して自分を追いかけまわす悪夢を見てもらう程度で済ませるよ。
ぞくり。
その頃、神殿の祈りの間にいたマーラフはよくわからない悪寒が全身に走り、早めに休むことを決めたのだった。
うわぁあああああああああ!!
急な喝采に、僕らは一旦会話を中止し、再びオークションのお立ち台へと注目した。そこには、司会者の人がとてももったいぶった笑顔で、見覚えのある時計を手にしている。他にも、台に三個の時計が置かれていた。
僕が、みんなのお土産として買い漁った、白銀の時計シリーズみたいだ。
「この時計はただの時計ではありません! 今日、この日限りですが、この白銀の時計を五個入手できれば、超レアアイテムが入手できるイベントが起きます!! ただし! この時計は、バザールの会場にたった百個しか出回っていません! ここにあるのは、そのうちの四つ! つまり、あと一つ白銀の時計を入手できれば、イベントが起きるということです! 確実にレアアイテムが入手できるイベント。今回はお試しだというのに、とんでもない品も紛れ込ませてしまっています。詳細は、皆様ご自身で確かめてもらいますが」
「あれもイベントアイテムか。ってか、あれって……」
「しっ。マサヤ、ちょっと黙ってて」
マサヤが僕を見下ろしてくるが、僕は顔をお立ち台に向けたままでマサヤに黙るよう告げた。メニューを呼び出して、こっそりとPK機能をOFFにする。こんなところで、襲われたら、目も当てられないし、今はじいちゃんとハイドもいるのだ。騒ぎは極力避けたい。こんな告知がされたら、確実に僕が持っている時計を狙う輩が出てくるからね。
「この白銀の時計は、運がいいほど見つけやすくなっています。そのため、今回はこれも付けましょう! フェアリーリング! これは身に着けると運が30上がります! さあ、みなさん、準備はいいですか! ごちゃ混ぜオークション、ラストの品! 白銀の時計四個セット! スタート価格は百万ギルからです!!」
どんどんヒートアップしていく会場を尻目に、僕らはこそこそと広場から立ち去るのだった。
ようやく、広場から離れたところまで来ると、ふうと息を吐く。
ああ、気を遣った。まあ、白銀の時計をオークションじゃなく、自分で見つけようと広場から去っていくプレイヤーも結構いたから、そんな目立ってないと思うけど。
「白銀の時計、のう。テルアはあの時計が欲しいかの?」
僕はそっとじいちゃんに耳打ちした。僕の耳打ちを聞いたじいちゃんは納得したように頷いた。それから、時計の話題は一切しなくなった。
「ていうか、じいちゃん。そういえばみんなは? 一緒じゃないの?」
「今日は訓練は軽いものだけであとは休みにしたんじゃ。今頃、それぞれでバザールを楽しんどると思うわい。ハイドはここじゃ」
じいちゃんが、肩をとんとんと叩くと、小さな蜘蛛がピョンと僕の方へと跳んできた。
「うわっ! ちっさ!」
黒い蜘蛛は、よく見たら足に六色の金属をはめている。
普通の蜘蛛サイズのハイドが僕の服をよじ登ってくると、肩の辺りで止まった。
「ハイドの場合、元のサイズでは露店を破壊しかねないのでの。闇魔法と呪いとを併用して、小さくしてみたんじゃ」
「あぁ、なるほど。ひょっとして、使ったのって、強化したダークネスと、身体弱化、パワーダウン?」
「よくわかったの。その三つを上手く掛ければ、弱小サイズダウンの効果になるんじゃ」
「昨日、五時間ぐらい、魔法講義を受けたからね。ハイドが小さいと、なんか新鮮だなぁ」
そっか。みんなバラバラじゃ、今日会うのは無理かな?
僕がそんなことを考えてると、遠くから悲鳴と怒号が聞こえてきた。いや、聞こえてきたっていうか、こっちに向かって来てるような・・・。
「誰かーっ! 誰かその三つ目蛞蝓を止めてーっ!」
「待てっ! 子どもを離せ!」
「往来の行き交う中、軽業を披露するのはやめろ! 危ないだろうがっ」
「魔物の集団を止めろっ! 広場になだれ込むぞ!」
・・・・・・ごめん、僕、その魔物の集団にものすごく心当たりがあるんだけど。
「シヴァ、ブラッド、チャップ!」
はい、案の定僕の仲間でした。シヴァは何故か舌にぐったりした子どもを巻きつけてるし、ブラッドはこの騒ぎにも関わらずチャップの肩で熟睡中。
留まり木代わりにされたチャップは、移動中にも関わらず、軽業の練習、連続バク転や宙返り、側転の練習を道すがらやってたみたいだ。・・・注意されて当然だね。
これは、お説教が必要だ。
「全員、僕の前に来て、正座!」
とりあえず、シヴァから受け取った子ども(呪いにかかってた)をじいちゃんに任せて、三体に僕はお説教をかました。
シヴァは誤解を招くようなことを街中でしたこと、チャップは往来の中で軽業の練習をするのが危険なこと、寝ていたブラッドも当然叩き起こして、せめて二人の動向を時折見て注意すべきだったこと。
「ここは、君たちが普段練習に使ってる迷宮じゃない。街中には街中のルールがあるんだ。それを無視したら、犯罪者として捕まってしまう。僕は、みんなにそんなことになって欲しくないから言ってるんだ。次回からは、本当に気をつけるように」
そんな言葉で締め括ると。シヴァは泣きながら僕に謝りのしかかってくるし、ブラッドもまた、僕に頬擦りしながら謝ってきた。
「スミマセン、シショウ。タクサンノヒトニ、ジブンノワザヲ、ミテモライタクテ。デモ、タシカニキケンデシタ。コレカラハキヲツケマス」
「うん、わかってくれればいいよ。ルールを守るのは、みんなを守るためだから。それで、話は変わるんだけど、なんであの子ども、呪いに掛かってるの?」
僕の質問への答えは、背後から来た。
「間違えて、呪具を身に付けてしまったようじゃわい。少々呪具の力が強力過ぎて、儂では外せん」
じいちゃんは渋い表情のまま、自分の腕を僕らに見せてくれた。じいちゃんの腕はどす黒く染まっている。
「じいちゃん、それ」
じいちゃん、呪い耐性があるって言ってたはずなのに。それだけ、この子どもに掛けられた呪いは強力だってことか。
いや、この場合、子どもが誤って身に付けてしまった呪具がそれだけ強力だったってことだろう。どうしたものか。
子どもの側では母親が泣きそうな顔で、必死に子どもの名前を言いながら手を握っている。
このまま見捨てるのも寝覚めが悪い。
あ、ちなみにマサヤは後から来た警備隊さんの相手してもらってる。
「神殿でなんとかできる?」
「それは無理じゃのぅ、なにせ儂でもどうにもできんほどじゃし。この街でなんとかできるとしたら、一人心当たりはあるんじゃが」
「誰!? 教えて!」
僕が飛びつくと、じいちゃんはうーんと難しい表情になる。
「とにかく、おかしなやつでな。おもしろいものや珍しいものが大好きなやつなんじゃ。手土産なしで行っても門前払いされてしまうわい」
「うーん、おもしろいものや珍しいもの、かぁ。何かあったかなぁ」
僕とじいちゃんが悩んでいると、話を聞いていたチャップは。
「ソレナラ、シショウ。シショウノパフォーマンスヲ、ミセレバヨイノデハ?」
「え」
「ふむ。いけんことはないかもしれんのぅ」
「ええっ!?」
ちょっと待って! おもしろいものや珍しいものが好きな人の前で僕がパフォーマンス!? 本気!?
内心動揺しまくってたけど、視界に親子の姿を映すと、イヤだともダメとも言えなくなってしまった。
わかったよ。やるよ、やります!
はぁ、とにかくパフォーマンスの内容を考えなくちゃ。




