402話 一件落着
僕の治療そっちのけで話を進められたので、一応手当ての名目のために、冷凍庫を開けて、保冷剤を取りだし、ハンカチでくるむ。それを頬に当てると、やはり少しは熱を持っていたようで気持ちがいい。
保健の先生は職員朝礼で不在らしい。さらに、訳ありそうな喜一君と広間さんの二人が来たのもあって気を利かせたのかもしれない。残念ながら、その気遣いは無駄に終わりそうだが。
三人を放置し、とりあえず来室カードを書く。後で提出しなきゃいけなかったはずだ。まぁ保健の先生からサインもらわないとダメだから、先生待ちだけど。
「そーれーでー? お二人さんは仲直りできたのかよ?」
うっわ、スッゴク楽しげに広間さん追い詰めてるよ、正也。
広間さんが、腹を決めたのか、喜一君をきっと睨むほどの強さで見つめて。
「私、圍のことが好きなの! あんなことしたのは、本当に悪かったと思ってる。私、私、圍が部活で憧れの人がいるって嬉しそうに話されるのが嫌だったの! おまけに、バレンタインチョコ作りたいって言われて手伝ったのに、それ、八敷君にあげるんだって照れながら話すし。私のことなんてどうでもいいのかなって思ったら、悲しくて、悔しくて。でも、圍に告白する勇気なんてなくて。腹が立って、八敷君に嫌がらせしたくても、剣道すごく強いんだって聞いて無理だからって、最初はあきらめてたの! でも、八敷君そっちの赤石君からもチョコもらってて。八敷君、赤石君からのチョコすごく喜んでるように見えて。圍があげたチョコより喜んでる気がして。私が圍のチョコ欲しかったのに。そうしたら、もう、感情が抑えきれなくなったの。頭の中ぐちゃぐちゃで、赤石君を傷つけたら、少しは八敷君に対して嫌がらせになるんじゃないかって。関係ない赤石君に嫌がらせしたの・・・」
再び泣きながら、自分の気持ちを吐露した広間さんは、僕に再び謝罪した。
「本当に、本当にごめんなさい! 赤石君、関係ないのに。八つ当たりして。最低なことした」
泣きながら、謝罪されたらさすがにもう、何も言えない。正也も途中極寒の表情になったが、すぐに普段の表情に戻り嘆息した。正也だって、わかっているのだろう。感情を制御するのがいかに難しいか。なまじ、剣道をやっているが故に、自分の感情の制御がどれだけ難しいか身をもって知っている。感情は剣に現れる。それは、大会などで緊張のあまり動けなかったり、気負いすぎて判断ミスをしたりと、要所要所で見られるものだ。馴染み深いが故に、正也はここまで謝罪し、心から反省した広間さんを許す気になったようだ。
「もう、二度と輝や俺にちょっかいかけるな。それが約束できるなら、俺も今回の件は水に流す」
「約束、する。ごめんなさい」
「・・・・・・あの。僕からも謝らせて。僕のしたことが原因で、静香がこんなことしたから。ごめんなさい、八敷君、赤石君」
喜一君からも謝罪を受けて、これで本当にこの件は終了した。
コンコンコン。
ノックと共に外から声を掛けられた。
「話は終わった? もう、入っていいかしら?」
パーマをかけたヘアスタイルに、白衣姿の中年女性、安住先生が中に入ってきた。
外から様子見していたらしい。
「はい。ありがとうございます、安住先生。もう大丈夫です」
「そう。保冷剤、痛むなら持ってっていいわよ、赤石君。あ、それとこれね。来室カード、先生に渡しなさいね。広間さんはまだ、落ち着かないかもしれないから、もう少しいてもいいわよ。でも、喜一君はそろそろ教室に戻りなさい」
てきぱきと指示を出して、僕らは安住先生の言う通りに行動した。
ひとまず、嫌がらせが終わったことを僕はほっとしていた。だけど。
それは、学校内での話で、外ではまた別なのだと、僕はこのあと思い知らされるのだった。




