38話 クエスト06−1
アールサンの街に来た僕はじいちゃんと別れて、冒険者ギルドに向かった。
冒険者ギルドで、課題として出されたクエストを受けるためだ。
冒険者ギルド内に入ると、あちこちから視線が飛んでくるが、毎度のことなので僕はスルーしていたのだが。
今日はいつもと様子が違った。
僕を見て、すぐに視線が散ることはなく、注視され続ける。
これは、敵意?
僕は心当たりがものすごくあった。
多分、ジョブ水晶の件だろうな。
あの時、冒険者ギルドにいたプレイヤーもキャラも、じいちゃんに瀕死の状態にまで追い詰められたからね。一緒にいた僕が敵視されてもおかしくないよ、そりゃ。
一応、全員回復させたけど、やったことが消えるわけじゃないし、魔法使いギルドの面々までやって来ての大騒ぎだったしね。
あれからまだ一日も経過してないんだから、この反応はある意味当然と言える。
現に、僕がカウンターに立とうとすると、危機察知が働いた。
手を動かし、頭目掛けて投げられたナイフを指の間に挟んで受け止める。
物騒だなぁ。僕が受け止めないと、受付のお姉さんに当たってたところだよ?
「ちっ」
「今、舌打ちした人がナイフの持ち主かな? ナイフは自分の分持ってるし、返すよ」
僕は、投げナイフの要領で手首のスナップも駆使して、舌打ちした人間へとナイフを投げ返した。
力はあるので、子供が投げたとは思えない速度でナイフは飛来し、見事舌打ちした人間の顔へとナイフの柄がめりこんだ。
「ぎゃぁああああああ!」
「あ、ごめんなさい。軽く投げたつもりだったんだけど」
僕としては、本当に軽く投げたつもりだったんだけど、高い力と器用さと、道化術レベルが上がっていたせいで、とんでもない速度まで出てしまった。
今度から、ナイフを投げ返すような真似はしないでおこう、うん。
ガタガタガタッ。
僕のやり取りを見ていた冒険者風の男女が一斉にテーブルから立ち上がった。勢い余って、椅子が後ろに倒れたところもあった。
ちょっと失敗したかも。
「さっきから見てりゃ、ずいぶん生意気なことしてくれんじゃねぇか、あぁ?」
「あたしらをなめてるとしか思えないね。一度痛い目みとくかい?」
「それは勘弁。僕はただ、クエストを受けに来ただけなんだ。喧嘩を売りに来たわけじゃない」
肩をすくめながら、言い訳するが見逃してくれる気はなさそうだ。
それなら。
「あのさ、高レベル者が低レベル者に絡むのが、冒険者ギルドの常識なわけ? 生意気とか言われてるけど、さっきのナイフとか、ちゃんと対処しないと僕が大怪我してたの、お姉さんも見てたよね?」
「え」
自分に振られるとは思っていなかったのか、受付のお姉さんは目を白黒させる。
「僕が普通に避けてたら、お姉さんが怪我すると思ったから、敢えて避けずに受け止めたんだけど。あのまま投げナイフでお姉さんが怪我した方が良かった?」
問題をすりかえて、お姉さんをこっちの味方に引き込もうとする。
お姉さんはえ、とかその、とか不明瞭で曖昧な発言しかしない。
いい加減、僕も苛立ってきた。
そもそも、文句があるのは僕じゃなくて、多分じいちゃんの方なのだ。
それなのにじいちゃんではなく、僕を標的にしてるのは、僕がじいちゃんの連れであり、さらには僕の方が与しやすしと思ったからだろう。
文句があるなら本人に言ってよ。
はぁ、と嘆息して僕は一言放つ。
「いいよ、時間の無駄だけど、納得しないなら相手してあげるから、掛かってきなよ」
僕の言葉に、立ち上がっていた人たちがいきりたち、僕目掛けて殺到しようとした瞬間。
きいっと再び冒険者ギルドの扉が開いた。
入ってきたのは、身長が二メートルはありそうな、白銀の毛並みを持つ、狼の姿をした獣人だった。
右目に黒の眼帯をしていて、服は緑色のズボンをはいており、その上から白の腰布を巻いている。
上半身は茶色いレザーの胸当てをしているだけだが、毛皮があるので、見られても構わないという心境からだろう。
得物はおそらく、手にしている槍だ。柄は青く塗られており、柄尻の方に細かな細工がされている。抜き身の穂先は手入れを欠かしたことがないように、銀の冴えた光を放っていた。
この「ファンタジーライフ」で初めて会った狼の獣人の姿に、僕も動くことを忘れて、魅入った。
獣人が周囲の冒険者をぐるりと一瞥する。
気が弱い者は、その一瞥だけで腰を抜かす。
本気のじいちゃんほどではないが、この獣人もかなりの手練れだろう。
威圧感が圧迫感に変わって全身を締め付けるようだ。
テルアはサイガから威圧を受けた!
テルアは耐えている!
どうやら、獣人の名前はサイガと言うらしい。
それにしても、かっこいいなぁ。あんないかにも武人です!って感じの人、なかなか現実世界の日本じゃ見かけないし。
思わずじぃっとサイガさんを見つめているとサイガさんと目が合った。
視線をそらさずにいると、サイガさんの方から視線を外した。
口許がモゴモゴと動いているが、なんと言ってるのかはわからない。
サイガさんは僕の方、いや受け付けカウンターまで来ると、低い声で唸るように告げた。
「クエスト06を受けたい」
「は、はい! 少々お待ちください!」
受付のお姉さんは、慌てて奥へと入っていく。その間に、僕はサイガさんに話しかけた。
「あなたも、クエスト06を受けるんですか?」
「あなたも? まさかお前も受けるのか、クエスト06を」
「はい、そのつもりでここに来たんです。あ! そうだ。助けてくださってありがとうございました」
僕が頭を下げると、サイガさんは何のことだ?と訊ねてくる。
僕は、無邪気を装って、わざとらしく冒険者ギルド内の者が聞こえるように大きめの声で話した。
「実は、絡まれて困ってたんです。僕は、こんな見た目ですし。つい昨日、連れがこの冒険者ギルドに傍迷惑なことをしでかしてしまって。文句があるなら僕じゃなくて、本人が来たときに言えばいいにも関わらず、ね。どうせ、本人を目の前にしたら、尻尾まいて逃げるでしょうけど。僕が絡まれた時点で連れが烈火の如く怒るってのを、計算にいれてない辺り、程度が知れてます」
獣人は、僕の毒舌に一瞬呆気に取られて、次いで笑い声を弾けさせた。
「ははははは! ここに揃っているのは、考えなしの腰抜けどもばかりだと、お前はそう言いたいのか!」
「えぇ、まぁ。いきなりナイフ投げられて、ちょっと反撃したら途端に生意気だと非難されたんで」
「ほぅ? 武器を抜いた時点で決着がついていたことさえ気づけないとは。確かに頭の足りない奴らばかりだな」
同意を得られたことが嬉しくて、僕はつい、ですよね!と勢いよく肯定してしまった。
敵意から殺意に変わってる気がするけど、気にしないよ、僕は。
「おもしろい、気に入った。俺はサイガ。お前は?」
「僕は、テルア・カイシです。テルアって呼んでください!」
「お前の目的も、クエスト06を受けることだったな。良ければ一緒に受けるか?」
僕の答えは当然決まっていた。
「是非、お願いします!」
こうして、僕はサイガさんと一緒にクエスト06を承けることになったのだった。
あ、ちなみに僕に絡んできた冒険者さんたちには、反省を促す意味も込めて、幻惑魔法を掛けておいたよ。
寝てるときに、じいちゃんにボコ殴りにされる夢をみるんだ。効果は一週間ぐらいだけど、予行演習にはちょうどいいよね、きっと!
-余談-
一週間後。夢でジャスティスにボコ殴りにされまくった冒険者は、心の傷を抱えたところに本物のジャスティスが現れて、ボコ殴りにされたのだった。
その後、アールサンの街で、テルアに絡む冒険者は一人もいなくなったという。




