371話 学校でのバレンタイン騒動
バレンタインデー。それは、もてる男子はウハウハ、もてない男子にとっては、悲劇の一日となる、最高と最悪が重なった日である。
そして、今。差し出されたチョコを困った顔で凝視している男子高校生に、各所からじいっと視線が送られている。無理もないと思う。なぜ、こんなことにと、正也自身でさえ思う。と、いうより。
「あ、あの。やっぱり、迷惑だったかな?」
正也の前には、目がぱっちりとした二重瞼の可愛いらしい顔立ちをした人物が立っている。
「ご、ごめんね。でも、どうしても、自分の気持ちを伝えたくて。八敷君に憧れて、剣道を始めたから。だから、この機会にって、思いきってチョコを用意してみたんだ。あ、あの! 口に合わないなら捨てていいから! 気持ち悪いかもしれないけど、受けとるだけ受け取って!!」
押し付けられたチョコを半ば機械的に受け取ると、押し付けてきた人物は脱兎のごとく剣道場から遁走した。毎日しごかれてるだけあって、速い。
「いや、これ、どうしろと?」
手の中のチョコが入ってると思われる包みは青い包装紙と、白いリボンが巻かれている。ちなみに、メッセージカードもついており、正也としては処分に非常に困る代物だ。なにせ。
「なんで、俺、男から二つもチョコもらってんだ・・・」
今さっき走り去ったのは、男子剣道部員の喜一圍。顔立ちがどれだけ整ってようが可愛らしかろうが、れっきとした正也と同学年の男だった。
「へぇ。それで、これ、貰ったんだ。正也、甘いもの好きだし、良かったんじゃない? あ、これ、今年の友チョコ。ホワイトデーのお返しはマシュマロでよろしく」
さらりと机の上に乗せられた、手作りチョコと思われる小さな包みを、正也は今度は躊躇いなく受け取った。眼前にいる悪友との付き合いはそれこそ小学校からのことであり、バレンタインデーの輝からの友チョコは正也にとって毎年のことなので特に大袈裟に反応しない。それに、友チョコというだけあって、幾つか他にも義理でもチョコを貰えなかった男子生徒にばらまいているので、噂にはなりにくい。むしろ、輝のチョコを皆喜んで受け取っていく。
「で、これ、どうすればいいと思う?」
「ホワイトデーにお返しすれば、それで、いいんじゃない?相手も喜ぶと思うし。何となく、本命とかじゃなく、憧れた対象だから送ってきたチョコって印象だし。ひとまず、メッセージを読んで、どう対応するか考えたらいいと思うよ」
「それもそうだな。いちいち、大きな反応してたら、キリがなさそうだもんな。参考になったぜ」
「ううん。正也の方から僕に相談なんて珍しいもんね。一応そこは真面目に答えるよ」
輝は相変わらずの正也の男子の人気ぶりに苦笑してしまう。不思議と、正也は女性よりも男性に好かれる傾向がある。背も高くて、一年にして剣道部のエースであり、性格も悪くないのだが、本人が基本的に男に囲まれていることが多いので、なかなか正也に近づけず、異性には敬遠されることが多い。それ故、バレンタインデーはいつも寂しいことになっているのだが、正也がその気になれば、きっと恋人くらいは普通にできると思う。だが、本人が今一番のめり込んでるのが剣道であり、全国大会制覇を目指してる正也にとって、恋愛は二の次だろう。今はその余裕がない。春までの時間は短いのだから、当然だ。
ま、正也の色恋とかはどうでもいいか、と輝は投げ出した。まさか、思いも寄らぬところから、変な誤解を受けることになるとは、さすがの輝も予想していなかったのだ。




