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359話 セルサガ 3

 すいません!すっごく遅れました。すいません!

 契約日当日。その日は雨が降っており、寒い中での契約となった。セルサガ運営会社は、準備を進めながら、先方の到着を待っていた。契約前に、男はぼんやりと窓の外を流れる雨を眺めていた。

 こんな風に、あの日も雨だったな。

 カツコツカツコツ。

 靴音に、顔を上げて、男は驚きのあまり声を失う。

 紺地のスーツ一式に、刺繍が入った黒のネクタイ。すらりと長い身長は、180越えであり、きっちりと剃られた髭と、櫛を入れられた茶髪のショートヘアー。顔立ち自体は地味だが、その目だけがギラギラと輝いている。まるで、飢えた獣が獲物を見つけたかのように。


「あぁ、(かざり)、久しぶりだな。一年ぶりか」

「い、伊藤! なんで、お前がここに!?」

 男よりも遅く入社したにも関わらず、セルサガのシステム開発を一手に引き受けた男。この男なしにセルサガの完成はなかったとまで言わしめている、飾の天敵だった。

「なんで? ははっ! あぁ、お前は知らないのか。今冬、発売された「ファンタジーライフ」のシステム開発には俺も関わってるんだ。それで、順調な滑り出しを見せてるから、上に進言したんだよ。セルサガを「ファンタジーライフ」に取り込めば、もっとすごいゲームになるだろう、ってな。ま、根回しとかは、別の人間にやってもらったんだが」

「ま、まさか・・・セルサガの委譲の話の展開がやけに早かったのは・・・」

 にやり、と、伊藤が笑った。まるで、獰猛な肉食獣が獲物を前に舌なめずりするかのように。伊藤は飾を言葉で追い詰めていく。


「それにしても、驚いたぜ。まさか、僅か半年で黒字が赤字に転落とはね。俺に大言壮語を吐いて、嘘八百並べて、上まで味方につけてさぁ。細々とした甲斐甲斐しい努力をしたにも関わらず、ぜーんぶ、無駄だったってわけだ。汚いやり方でセルサガを手に入れようとしても、プレイヤーは見抜いてたんだろうな、あんたらの不誠実さに。だから、信用を落としたんだよ。ま、あんたらが自分でプレイヤーたちに愛想尽かされたんだから、自業自得だな、これも。けど・・・・・・」


 そこで、伊藤は言葉を切った。冴え冴えとした視線が、飾を射抜く。


「俺は、あんたを絶対に許さない。セルサガを楽しんでたプレイヤーを嵌めたあんたを。そのプレイヤーが築いた功績を、そっくりそのまま自分の手柄にしたあんたを。一生許さない」

「・・・・・・・・・何の話だ」

 ここまで来てしらばっくれるか。伊藤は、眼前の男を薄汚いものでもみるかのように、侮蔑を込める。確かに、明確な証拠はもう残っていない。それを入手する前に、証拠を消す時間を与えてしまったのは痛恨の極みだ。彼にも申し開きはできない。だが、いい。今は立場が逆転しているのだ。だから。

「お前らが、赤字にしちまったセルサガだが、俺がきっちりと甦らせてやる。委譲で損をしたと思わせるくらいに、立ち直らせてみせてやる。お前は、それをもう手の届かないところで歯軋りしながら悔しがればいい。ざまーみろ」

 冷笑を浮かべながら、伊藤は去っていく。飾は何も言えなかった。握りしめた手は、くっきりと爪の形が残っていたのだった。


 その日、セルサガ委譲の契約は特に何の問題もなく、締結された。銀行への振り込みは、今月の末と来月の末の二回に分けられることとなった。

 これだけ急いだ理由を、飾は後に思い知る。

 セルサガは、こうして、着々と「ファンタジーライフ」に組み込まれる準備がされていくのだった。


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