358話 セルサガ 2 (※)
「何故です! 確かにセルサガは、赤字になりましたが、ようやくコラボ企画も許可が出て、これから巻き返せるんですよ!?」
それは、男にとっては受け入れがたいことだった。「セルディアンサーガ」ーかれこれゲーム配信を始めてから三年が経過する、インターネット配信型のRPGであり、通称セルサガと呼ばれるゲームは、男が一心不乱に心血を注いできた、愛すべきゲームだった。だが、とある大事件がきっかけで、セルサガはプレイヤー離れが徐々に起こり、今冬、新作で出たゲームの影響もあり、とうとう配信停止を上が決定した。
男には到底納得できなかった。配信停止程度ならばまだ良い。よりにもよってセルサガを、他社に権利毎売り渡すと言われた時には目眩を感じたくらいだ。おまけに、水面下にその話は進んでおり、後は細かいところを煮詰めて契約を交わすだけの段階になっていると聞けば憤慨するのも当然である。
「そうは言われてもな。お前だって、あの事件の後、それなりに企画をやってもあんまり手応え感じなかっただろ?」
同期にたしなめられても、男の怒りは収まらない。むしろ、怒りのボルテージを上げてしまっているくらいだ。だが、同期は現実的な観点から、セルサガの現状を話す。
「そりゃな。愛着がないって言ったら嘘だよ。俺だってセルサガが配信停止って聞かされたときは、はあ!?ってなったもんさ。けどな、実際、稼働プレイヤー数は全盛期の半分もいないし、それによって、課金も減ってしまってる。収入がない以上、続けられないのは最初から言われてただろ?」
ぐっと男は押し黙る。正論であり、当然のことでもある。ゲーム配信をしているのは会社であり、そうである以上、赤字を出し続けるわけにはいかない。そんなことをすれば、倒産してしまう。
「そもそも、伊藤さんが抜けた穴が大きすぎたんだろなぁ。ライバル会社にヘッドハンティングだろ? しかも、噂では、今冬出されたばかりのゲームのシステム開発に一役買ってるらしいぜ。あーあ。伊藤さんがいたら、ここまでセルサガが落ちぶれることもなかったかもな」
伊藤の名前を出された男は、震えた。
「あんな奴、いなくなって当然だ。裏切り者なんだからな」
「裏切り者、か。でもさ、伊藤さんがいなきゃ、セルサガは完成しなかっただろ?だから、俺、伊藤さんには悪いイメージ持てなくてなぁ。そもそも、あの事件だって、プレイヤーじゃなく、プレイヤーのアカウントを誰かが勝手に使って引き起こした事件だって、何度も主張してたし」
セルサガの中で起きた大事件の犯人はプレイヤーだとされているが、真実は違う。その事を嗅ぎ付けた伊東というシステム開発者は、真犯人を探していたが、それを上に止められて、会社を辞めたという噂がある。
「ふぅ。ま、でも、逆に言えば形を変えてもセルサガは残るってことだろ? そこだけは良かったと思ってるよ、俺は。お前は我慢ならないのかもしれないけど」
我慢? もちろん、ならない。だって、セルサガは。
「杏里のお気に入りのゲームなんだ。杏里は、セルサガを遊ぶことが生き甲斐なんだから、買収なんて断じて認められない」
自分の手を汚して、杏里のために邪魔者を排除したのだ。杏里のために、このゲームの配信は続けるべきなんだ。
男は妄執に囚われていた。可愛い娘のために、かつて、この男はとあるプレイヤーを嵌めたことがある。
それほど、男の世界の中心は娘を軸にして回っているのだ。
その後、男は上司に呼び出されてセルサガの委譲の契約の場面にいてほしいと頼まれて二つ返事で引き受ける。
なんにせよ、セルサガが残ることを第一に考えた男は、妥協したのだ。
しかし、委譲を引き受けたが故に、男にとっての天敵である、伊藤に再会しなければならなくなったことで、男の計算が狂っていくのだとは、思いも寄らなかった。




