292話 泣きたくなるのはなんでだろう
温羅さんが、恐らくは全力で大太刀に力を込めると、炎の色は赤から白、やがて蒼くなった。まるで、月のようだ。
触れれば全てを滅する、破滅の刃だというのに、その輝きはあまりに凄烈で美しかった。
その刃を、温羅さんはただ手に携えて、待つ。
酒呑さんだった存在が、温羅さんの危険性を無視できなかったのか、飛びかかる。
温羅さんの表情は後ろからでは見えない。だけど、なんとなく。
泣いてるように、僕は思った。
振るわれる一太刀は、無駄がなく、速さと威力が合わさったもの。
それらを受けても、倒れない酒呑さんだが、その瘴気で形作られた体が燃え上がる。
「お前がいくら頑張ろうが、強かろうが、結局わーには勝てん。その炎は、瘴気だけでなく、魂も焼く」
その言葉通り、酒呑さんだった存在は、断末魔の悲鳴をあげながらのたうちまわる。
僕は、ずっとその様を見続けていた。
みんなを水魔法で守っている僕の側でサイガが「なんでだよ!」と叫び続けている。
「こんな、こんな結末なのかよ! こんな救われない結末が本当にあいつの望んだ結末なのかよ! ないだろ、こんなの」
その叫びをぼんやり聞きながら、僕は、過去に思いを馳せていた。
燃え上がる大地。魔物も人も、力尽きてそこかしこに転がっている。
その中で、僕に膝をつきながら、必死に僕を止めようとしている水色の髪の女性。
『なんでだよ! お前のせいじゃねぇだろ!? やめろ、こんな結果、俺は認めねぇ!』
響く、マサヤの声。遠のく景色。
僕は、無意識に涙を流していた。
みんなが、僕の事を心配して側にやって来ても、僕は泣いていた。
あぁ、そうだ。救われない、こんな結末じゃ。みんな幸せになって欲しいから。
僕は、立ち上がった。
水魔法の水球を全力で燃え上がっていた酒呑さんにぶっかける。
「!? 何を・・・」
「来て、ミルカスレーグイ」
僕は、じいちゃんお手製本の角で、相手に攻撃を加えた。物理攻撃は、やはり効かない。それに、燃え上がり続けている。それなら、これはどうかな?
僕は、自分の左手をズブリと燃え上がる瘴気の中に突っ込んだ。
「聖化」
浄化のさらに上位の魔法だ。途中でこの聖化を覚えたから、温羅さんの治療時間が短縮できた。
「さっき、温羅さんの治療で神聖魔法スキルが上がってて良かったよ」
「が、ぎぁ!?」
僕の体を炎が包む。チャップとハイドが慌てて僕にぽーちょんを使う。
「このまま、燃やされ尽くす前に無理矢理にでも浄化する!」
僕は、自分の魔力が尽きぬよう、細心の注意を払いながら、我慢比べを始めたのだった。




