288話 黄泉の風
うーむ。いつも思うが何故、こうもころころと話がぶれていくのだろう。謎だ。
(´・ω・`)
「なんなんだ、ここは・・・。体が、勝手に震えやがる」
サイガの言葉に他の魔物達も同感なのだろう。ブラッドはチャップの肩で丸まっているし、ハイドにシヴァは体を擦り寄せながら、震えている。そのハイドも先程から落ち着かない様である。ナーガの見た限り、無事なのはチャップとヤマト、そして新しく仲間になったばかりである金閣銀閣ぐらいなものだ。
「・・・・・・・・・。」
まるで、ティティベル神の居城のようだ、とナーガは思った。重々しく、不快感や恐怖を本能的に呼び覚ますかのような、毒気を含んだ湿った風が、この岩窟洞の奥から吹き付けてくる。
サイガが言葉を発しているのは、少しでもこの空気を払拭したいからだろうということも、わかる。だが、その努力も無駄なものかもしれない。
「大丈夫か? もう動けないと俺が感じたら、そこで、入口に戻ってもらう。悪いが、俺でも動けないやつを庇いながらは厳しいから」
酒呑は淡々とした口調ながら、その言い分に否を唱えられる者はいない。
「そんなに、この奥はヤバイのか?」
「この奥から吹き付ける風を感じて、そんなことを聞くのか、サイガ?」
サイガが押し黙った。この風をして何も感じないというのはあり得ない。
そして、奥に行くにつれて、風はどんどん強く吹き付けてくるのだ。
ナーガは、知らず知らずのうちに己の得物である弓を握りしめていた。
「この奥には、黄泉へと繋がる道があるんだ。その黄泉への道を塞いでいるのが、黄泉の桜。だが、年に一回、黄泉の桜は蕾を付けるために、地上と道が繋がってしまう。そこから、押し寄せた瘴気が動植物に影響を与えて、森の主になる。あるいは、既に死んでしまいながらも、この世に未練を残した魂が、地上に出て、形を取ったりな」
洞の中を進みながら、説明していく酒呑は、無表情だったが、どこか悲しげで苦しげにも見えた。
「温羅様は、地上と道が繋がったこの期間しか、地上に出ることを許されない。黄泉の桜の根本から、黄泉へと渡ろうとしなかった亡者、未練がある亡者が地上に出ようとするのを押し止め、監視する役目を請け負われているからだ」
「待ってくれ。地上との道は、塞がってるんだろう? それなら、なんで監視役が必要になるんだ?」
ナーガの問いに、酒呑が答える。
「亡者共が道をつくれるからだ。地上に出られる道を。そして、道ができてしまえば、島に亡者が溢れだしてしまう。地上と黄泉の桜が繋がると、ここに溜まった瘴気が外へと漏れ出して、亡者は力を減衰させる。逆に、温羅様は地上と繋がったところから、自分に捧げられた祈りの力を受け取って、力が強くなるから、少しだけ自由に動けるようになるんだ。・・・・・・っ!」
先頭に立って、奥へと歩を進めていた酒呑が膝をつく。
「酒呑!? 大丈夫か!」
酒呑は、ひどく苦しそうだった。脂汗がとめどなく流れる。
そして、何故酒呑が倒れたか、その理由をすぐに悟る。
風が、叩きつけるかのような勢いがあるものになっていた。咄嗟にナーガは風の魔法を使用して、その風に対抗させるが、どんどん魔力が失われていく。
「・・・・・・っ。きつい、な。こんな風を、先頭に立って受け止めてたのか、一人で」
ずっと、酒呑は先頭を歩いていた。それは、先導役としてもあったのだろうが、一番の理由はこの風から少しでもナーガたちを守るためだったようだ。
ーーーえい!
シヴァがナーガにえすぴーぽーちょんを掛けた。少し、失った魔力が回復する。だが、これでは進むのが厳しい。戻るべきかもしれないとナーガらが判断に迷っていると、金閣銀閣が動いた。
「ふーむ、これはまずいな。銀閣よ。なんとかできるか」
「できはするが、兄者よ。あまり長くはもたぬぞ」
「ここまで来てやらぬという選択肢はなかろうよ。やれ、銀閣」
銀閣は、ひょいっと何かの葉でできた団扇を取り出した。
「そぉーっりやぁ!」
気合い一閃。銀閣がその団扇で一扇ぎすると、団扇から烈風が放たれた。
おかげで息苦しさと、重苦しい風から一時的に解放される。
「兄者! あまり長くはもたぬ! 進むか退くか、どうする!?」
「・・・・・・進んでくれ」
脂汗が引きも切らず、流れ落ちてるにも関わらず、酒呑は立ち上がった。
「もうすぐ、黄泉の桜に辿り着く。そこには、温羅様もいるはずだ。温羅様の側なら、黄泉の風もひどくない」
ふらつく酒呑にサイガは慌てて肩を貸す。
「無理するな、酒呑!」
「温羅様が戦ってるんだ。聞こえるだろう?」
ナーガとサイガが耳を澄ますと、確かに何かの音が聞こえる。甲高く、祈りを込めるかのような綺麗な音が微かに。
「頼む」
その頼みを、願いを何故聞き届けてしまったのか。
ナーガもサイガも、魔物達も。
この時のことを、後悔することとなるが。
彼らは、酒呑を見捨てることができず、先へ進む決断をしたのだった。
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