287話 構い倒していたのを考えると(※)
「もう、夜か」
既に辺りには闇の帳が降りつつある。そんな中で、酒呑はポツリと呟いた。
酒呑の側には、襲いに来た異界人を返り討ちにしている、いつもの魔物組の面々がいた。
「もうすぐ、黄泉の穴が塞がるな」
そうなれば、酒呑も地上に出てくることはできなくなるだろう。元々は酒呑も死者であり、祓われるはずの対象なのだ。せっかく知り合えた魔物組らと別れるのは少々思うところもあるが、今まで地上に出てきたときの中で、今回が一番楽しめたと断言できる。
「もうすぐ、消えちまうんだったな、酒呑。本当に、それでいいのか?」
「元々、この地上にいたこと自体が間違いのようなものだから。仕方ないよ、サイガ」
苦笑しながら、酒呑は彼らにできる限りの礼をしたいと考えていた。
だから、今まで作った漬け物のレシピ集を彼らに渡していた。
「そうか。わかった、これ以上は何も言わん。悪かったな」
思えば、このサイガと一番仲が良かった気がする。サイガはけして認めないだろうが、酒呑としてはサイガが一番話しやすかった。
こんな風に誰かと肩を並べながら戦える日が来るなんて、生前ではとても考えられなかった。
信頼できる者などおらず、自分一人ですべてをこなさなければならない日々は、酒呑の心を知らず知らず荒ませていたのだと、今なら理解できる。余裕のなかった自分に、鬼神族に憎しみを抱いていた彼女が信頼を寄せられないのは当たり前だったのだ。
あの頃の自分は、若く、強くならなければと焦りすぎて余裕を失い、視野が狭くなってしまっていた。
彼女を手にかける前から、既に疲れてしまっていたのかもしれない。
鬼神一族のやり方や在り方を正すことに。
だが、過ちに気づかずに、自分は進んでしまった。最早過去には戻れず、犯した罪も消えることはない。それを時に苦しく、辛く感じたりもするが、自分の生前のことぐらいは、ちゃんと責任を取りたい。それが、彼らに対しての一番の供養だろう。
「酒呑?」
名を呼ばれるまで、酒呑はぼんやりしてしまっていた。
我に返り、慌てて首を振る。
その時だった。
大地が、悲鳴を上げるかのように、大きく揺れた。
「!?」
黄泉の瘴気を宿したことのある酒呑にははっきりと地面の下から噴き上がってくる、この世ならざる気配が感じられた。
「まさか・・・温羅様!?」
酒呑は、温羅が果たさなければならない役目を知っている。故に、もしもその役目を果たそうとするなら、必ず自分を誘うと考えていた。
だが、考えてみれば温羅が誘うのはなにも自分だけとは限らないのではないか。
「まさか、テルアを?」
温羅が、ずっと構い倒していた少年をを思い出すと、あり得ないとは言えない。彼は、他の異界人とは違うと感じていたからだ。あの温羅が、気に入りその実力を見込んだ者。
「酒呑。今、テルアって・・・」
険しい表情になった魔物組に、酒呑はどう伝えていいかがわからず、躊躇う。
だから、事実と憶測だけを伝えることになる。
「すまない。俺、行かなきゃいけない。温羅様のところに。おそらく、そこにテルアもいるはずだ。ついてくるか?」
魔物組の答えは当然決まっていた。




