285話 勝手だよ
「ここは、なんなの? どういう場所なの?」
「ふむ。少し、時間もあるようじゃ。昔話をしようかいの。昔、この島には鬼神の血を継ぐ血族が住んでいた。その血族は鬼神族。今の鬼人族とは、まるで別物なぐらいに強く、力に溺れる者も多かった」
その鬼神族の次期長と目されていた若長が、鬼人族の娘に恋をした。
その娘は、鬼神族に弟を殺されたことがあり、激しく鬼神族を恨んでいた。
それなのに、娘を差し出せば村に手出しをしないという甘言に乗せられた鬼人族は娘を差し出した。
しかし、その娘をめとった若長は有頂天だったが、その娘の憎しみは深く、また若長の言うことを素直に聞くほど鬼神族も団結してはいなかった。そして、 悲劇が起きる。その若長が出掛けた隙に、娘に伽を迫った者らがいたのだ。若長はすぐにそれを知って村へとって返し、激憤のまま娘の眼前で娘を襲おうとしていた者たちを切り刻んだ。
そして、その姿を一部始終見ていた娘は若長を拒絶する。
化物と呼ばれた若者は泣きながら、娘をその手にかける。
そして、その後若者は狂い、鬼神族を皆殺しにした後、自分も果てた。
「それが、北の森の主、酒呑の過去じゃ」
「え?」
「じゃから、酒呑が話に出てくる若長じゃ。歴代の長の中でも最高峰に位置するぐらいに強かった。酒呑が殺した者たちの怨霊があそこにたむろしておるんじゃ」
温羅さんがまっすぐに指差したのは、桜の樹の根本だった。そこから、黒い泉がこんこんと溢れ出している。その泉から、溢れ出したものが人の形を象り、動く。
「あれは、神かその眷属じゃけんと、食い止められん。故に、協力してもらう」
大体話はわかった。だがそれを納得することは、僕にはできなかった。
「温羅さん。なら、なんで、酒呑さんを連れてこなかったの?」
「あいつを連れてきたら暴走する可能性もあったんでな」
「勝手すぎる」
僕の言葉に、温羅さんは謝った。謝りながら、視線を宙に固定する。
「勝手すぎるよ、そんなの」
「そうじゃのぅ。わーも、自分でもそう思うくらい、手前勝手な話じゃ。じゃが、こうも思うんじゃ。わーが望んだのは、一体なんじゃったのかと。わーが血筋を残したからこそ、悲劇は起きたんじゃ」
「温羅さん?」
「わーは、間違っとったのかの・・・・・・」
僕がそれに答えを返せるはずがない。きっと、それは、人によって幾千通りもの違う答えがある問いかけだから。
「とりあえず、僕にとっては温羅さんは自分勝手で、僕を鍛えることを常に狙いながら、僕を崖から突き落とす、鬼畜な鬼だよ。そんな温羅さんが過去に何しでかしてても、今さら驚かないから」
温羅さんは、ぽかんとした後、声を上げて笑った。不機嫌に僕がなると、温羅さんは泣き笑いの表情で僕の頭をグシャグシャにした。
「すまん、ありがとな、テルア」
僕は温羅さんの方は向かずにぷいっとそっぽを向いたのだった。
 




