283話 時間がないんじゃ
僕が気づくと、何故か宿屋でお祭り騒ぎになっていた。それというのも、助けたのがどうやらこの村の長らしい。
「まったく、あんたはちっとも懲りゃしないんだから」
鈴音さんはぺちん、と音を立てながら有楽月さんの頭をはたく。
有楽月さんは、苦笑しながら感謝と敬意の視線を鈴音さんに注いでいた。
「いつも苦労をかけてすまないねぇ、鈴音。けど、お前さんがいるから、俺は安心して村を出ていける。本当に、できた女だよ、お前さんは。俺はいつも感謝してるんだ。ありがとう」
「よしとくれ、人前で恥ずかしいじゃないか」
鈴音さんは、少し顔を赤らめながら、まったく、と呟いてるが、喜色が全面に出ていて、ただの照れ隠しにしか見えない。有楽月さんの膝には小さな子どもの鬼人が二人、座っていた。
「おっとう、お帰り!! お仕事お疲れ」
「こら、六花! お客様の前だよ、行儀よくしないと」
小さな方は、有楽月さんの腰にぎゅっと抱きついて、嬉しそうにし、大きい方は素直になれないのか、むむむっと顔をしかめながらも、ぴとっと背中は有楽月さんにくっつけている。そんな二人を微笑ましく見ているのは有楽月さんと鈴音さんだ。紹介はされている。大きい方が秋菜で、小さい方が六花。有楽月さんと鈴音さんの娘さんらしい。
「お疲れ〜。今年は、ちょっと数が多かったって聞いたけど、大丈夫だった〜?」
「このくらい、平気です。ご心配をお掛けしました」
「無事に帰ってきたなら、いいよ〜。良かった〜」
豊満な肉体を惜しげもなく露出させた格好で、酌をして回ってるのは春さんという名の鬼娘だった。みんなに酌をし終えると、明石さんの隣に陣取ってる。
邪魔するなオーラが出ている気がしたので、僕は耳を傾けながらも放置している。
そして、獅子南と呼ばれた鬼人と一緒に山葡萄のジュースを飲んでいた。
「毎回思うんだが、俺はいる意味あんのかね」
肩身が狭い、と嘆息する獅子南さんに僕も苦笑した。気持ちはわかる。
「お前は? こんなところで油売ってる暇ないだろ? 他の異界人らはまだまだ森で暴れてるが」
「ん〜。なんというか。今森に出ても、大して稼げそうになさそうだなぁと思うと、面倒になっちゃって。目標は一応達成してるみたいだし」
おそらく、ランキング百位以内という目標は達成してる。だから、少しくらいなら、のんびりしてもいいだろうと考える僕は甘かったらしい。
ぎしり、となった畳に顔を上げると。そこにはにこやかな笑顔をした温羅さんが立っていて。
どこにでも出没する温羅さんに、僕は半眼を向けてしまう。
他の人たちは唐突な温羅さんの出現についていけないのか、ぴしりと静止している。
「こんなところで、おんしは何をしとるんじゃ?」
「ささやかな歓待を受けてるけど。あれ? なんで温羅さんここに?」
「そりゃもちろん、おんしを迎えに来たに決まっとろうが」
ついていかないという選択肢はないらしい。僕は、仕方なく立ち上がり、ペコリと頭を下げた。
「すみません。そういうわけで、僕はちょっと用事ができました。このように、歓待の席を設けてくれたことに、心から感謝します。ありがとうございます。僕のことは気にせず、皆さんで楽しんでください。今日はどうもありがとうございました」
僕的には丁寧に謝辞を述べられたと思う。ひょいっと温羅さんに肩に担ぎ上げられた。
「それじゃあ、テルアは連れていくんでの。・・・・・・わーにも時間がないんじゃ」
最後の一言は僕だけしか聞きとれなかったと思うほどに、小さなものだった。
 




