266話 一方、別のとこでは(※)
「頼む! 俺たちを鍛えてもらえないか?」
サイガたちが訪ねたのは、恐怖の大王・・・ではなく、恐怖の大王と化し気味の漬け物屋店主、酒呑だった。元々、北の森の主であった彼は、強い。研ぎ澄まされた強さを追い求めた結果、そうなったのだろう。剣術も、体力も、速度も何もかもサイガたちを上回っている。見え透いた結果になることがわかりきっていたために、戦闘をする前から、避けていた。
だが、テルアの戦闘で役に立たず、その際にようやく悟ったのだ。
サイガは、その経験の豊富さから、強い相手が一目でわかる。自分より上か下か、はっきりと感じ取れるからだ。
だから、自分よりも下か少し下の能力の魔物ばかりを相手にしてきた。
格上に出会えば即逃げた。逃げることは冒険者たちには恥などではない。
生き残ることこそが、最大の勝利条件なのだから。
だな、それ故にサイガは今まで完全なる格上とやりあった経験が少ないのだ。それで鍛え直していると、どの口で言えようか。
サイガは、無意識のうちに逃げていたのだ。格上の相手とやりあって、自分の強さやなけなしの誇りが傷つけられることを。
だが、今日の戦いで十分に悟った。
死にもの狂いにならなければ、追いつけない、と。その足元に到達することさえままならないのだと、理解させられたのだ。
その結論を出した時に、無意識に傲慢や傷つくことを恐れていた事実と向き合った時、サイガは自分の不甲斐なさとあまりの精神の脆弱さに羞恥心だけで死ねそうだった。
何が相棒だ、何が隣に立ちたいだ。
死にもの狂いにもなっていないサイガがあの高みに追いつけるわけがない。
それに気づいたからこそ、サイガは自分から格上である相手にこうして教えを乞いに来たのだ。
「あれ? どうかした? サイガは、十分強いだろ? ナーガもそうだし」
突然頼まれた酒呑は困惑顔だ。実際のところ、二人の実力はかなり高い方だと断言して良い。
「足りないんだ!! 今の強さじゃ、全然足りない!!俺は、俺は、強くなりたい。もっともっと死にもの狂いで高みを目指したい!! 目指さなきゃ、テルアに置いていかれる。それは嫌なんだ!!」
思いの丈をぶつけるように、サイガは必死だった。サイガと、逃がさないといった感じで鋭くこちらを凝視するナーガに、酒呑は何かあったらしい、とようやく悟る。
正直、自分では教え役には向いてない。力が強すぎて手加減があまりできないし、使用と思っても相手がすぐに壊れてしまう。ついでに、鬼神族を滅ぼしたのは酒呑なのだ。その際に莫大な経験値を入手しているため、レベルカンストではなく、100レベル突破までしてしまっているのだ。
故に、この島での実力は異世界人を除けばぶっちゃけNo2である。
「えーっと。力加減とかできないし、耐えきれずに死なれるとさすがにちょっと後味が悪いというか・・・」
酒呑が言外に断ろうとした矢先、三人が弾かれたように一点を見た。
警備用の防犯木像が反応したのだ。
「ちっ。大事な話をしてるって時に!!」
苛立たしげにサイガが叫ぶ。ナーガは既に排除対象として見てとったのか、弾幕の如く矢を浴びせている。そして、酒呑は。
たぎる血が完全には抑えられずにいた。
元々、鬼神族には破壊衝動が備わっている。その中でも強さで別格と称された酒呑の破壊衝動は、気を抜けば周囲を灰塵に帰してしまうほどすさまじい。
心を壊していた時はその破壊衝動に身を任せていた狂戦士状態だったが、今はそんなことはない。かといって、安全かといえばけしてそうではない。
普段は抑えている破壊衝動と闘争本能を半分程度抑え込めることができるというだけ。
酒呑は所詮その程度なのだ。破壊衝動も闘争本能も完全に制御下に置いている温羅は酒呑とは別格である。
故に、酒呑は警告する。
「死ぬなよ! 俺は、手加減が苦手なんだ。死なずに俺についてこれたら、適当に相手してやるから!!」
そんな酒呑の言葉に、ナーガとサイガのやる気も否応なく高まる。こうして、三人の異世界人狩りが幕を開けたのだ。
次→ 9/16 すみません! 19時無理そうなので、22時に変更です。
 




