256話 黒の人形
「踊る? 何言ってんの、温羅さん」
「ただの例えじゃ。本気で踊るとは思うとらん。他の連中はどうしたんじゃ?」
「ナーガとサイガはどっかに行っちゃったきり。魔物たちは、マサヤと話してる」
僕が答えると、ちょっぴり温羅さんは考え込む素振りを見せた。
「なら、今が一番の機会じゃな。おんしと大事な話がある。できれば二人きりで話したいんじゃが」
「断るよ。僕は、温羅さんと話すことは特にないと感じてるから。それにこの後のリングの出し物も考えないと・・・」
「その辺については、他の連中がうまいことやってくれるみたいじゃけぇ、心配いらん。・・・・・・しょうがないの」
温羅さんは僕をひょいと抱え込んだ。
体格差と、力が違うために抜け出せない。僕が抗議しても、温羅さんはどこ吹く風とばかりに聞き流す。
「あんな、今しかないんじゃ、黙ってついてこい」
それは無理だと思いつつ、僕は、温羅さんに拉致されたまま、闘技場から離れ、森の中へと入ったのだった。
「温羅さん、どこまで行くの?」
「もうちょっとじゃ」
もうちょっと、ね。この時点で僕は、様子がおかしいことに気づいた。
森の中へと入る際に、暗い気がしたが、周囲の森の雰囲気は明らかに通常とは異なる。そして、僕は温羅さんがさっきの温羅さんとは違うことにも勘づいた。
これは、イベントの一種なんだろうか?
嫌な感じだ。さっきから際限なしに危機察知スキルが警鐘を鳴らし続けている。
これは、何者なんだろうか? 温羅さんの姿を模倣したこいつは。
疑問に対して思考を続けていた僕は、拓けた場所に出て、げっ、と呻いた。
眼前に、赤黒くなった祭壇があったのだ。
ダークエルフの村で見た、生贄の祭壇を彷彿とさせる。いや、あれよりもさらに禍々しく、嫌な感じだ。
周囲には注連縄がまかれているが、その注連縄までもが黒い。
不吉な祭壇へと向かう、偽者温羅さんに、僕はようやく行動に出た。
「アクア・ブレード」
僕の体を支えている腕を狙って、僕は魔法を発動させた。怯んだ隙に、僕は拘束から抜け出す。
「ふっ。ふふふふ。ふふふ、あーっはっはっはっはっ!」
哄笑と共に、偽者温羅さんの姿がぐにゃりと歪む。
それは、例えていうならば黒いどろどろの粘液を周囲で覆った、泥の人形のような存在だった。マンガのモデル人形を大の大人サイズにしたといった感じだ。人を象っているが、けして、人ではあり得ない、グロテスクな姿は、本能的な嫌悪感と恐怖を抱かせる。
「・・・・・・・・・・・・。」
僕は、すぐに臨戦態勢に入った。黙って見逃してくれるとは到底思えない。
黒の人形は、口許に赤い亀裂を生じさせると、にぃっと亀裂を三日月へと変じて、僕へと襲いかかってきたのだった。
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