234話 面倒事はあちらからやって来る
僕は、ミルカスレーグイを背中にくっつけたまま、闘技場へと戻ってきた。だけど、闘技場での僕の出番はまだ先みたいだ。闘技場の案内を拾えるように風魔法を掛けて、僕は外に出た。
闘技場の周りには、たくさんお店が並んでる。
お店っていうか、市って感じだ。それぞれプレイヤーが自分が集めた素材を欲しがるプレイヤーに売ったり、自分の欲しいアイテムとの交換をしたりと、見てるだけでも楽しい。中には、生産職と思われるプレイヤーもいて、自分が作った物を売ってたりもする。
その内の一つにミルカスレーグイが、反応した。
珍しく僕の背中から降りて、その店に僕の腕を引っ張って連れていく。
「へぇ、ここはおもしろいね」
「い、いらっしゃい」
そこは、なんと漬物屋だった。若い鬼人がやってるらしく、店に立ってるものの、接客慣れしてない感じがする。
「この、黒いのって何?」
僕は甕の中が真っ黒になってる物を指して、訊ねてみた。
「それは、邪鬼を使った漬け物で・・・食べると全身が麻痺して、一日は動けなくなるんだ」
「こっちは?」
黒に、毒々しい紫色が混ざったような漬け物からは、かなりやばそうな臭いがしている。
「あ、それは死肉を使った漬け物で、食べると、猛毒や麻痺なんかの各種状態異常と、それに身体能力や精神力が一時的に著しく下がる。蘇生封じの効果もあるけど、試食してみるか?」
「遠慮しとく」
他にも、幻覚を見せる物やら、相手を混乱に陥らせる物やら、ここは本当に漬け物屋なんだろうかと疑いたくなる。
毒薬専門店と改名した方が客が寄り付きそうだ。あくまで僕の主観だけど。
「あ、おすすめはこれかな。激辛唐辛子入りのキムチ。これは普通に酒の肴としてはおいしい」
ミルカスレーグイが、試食として差し出された皿を引ったくるようにして、モシャモシャと食べた。臭いだけで鼻が痛くなるような感じだけど、ミルカスレーグイは辛いものが好きらしい。
「えーっと、それじゃあそのキムチ五十と、あとは死肉の漬け物と邪鬼の漬け物がそれぞれ百九十八、あと、君のおすすめがあれば、それを適当に詰めてくれればいいかな」
「えっ!? 買ってくれるのか!?」
「うん」
聞いた限り、食べた時の威力が半端じゃないから、クレストのおじさんに効きそうな気がする。試してみるのも悪くないはずだ。
何故か、鬼人がぼろぼろと泣き出した。
え、何!? 僕、何か悪いこと言った!?
「あ、あり、が、た・・・。あり、がとう。全然っ、客が寄り付かなくて、俺、漬け物屋に向いてないんじゃないかって、おも、思って・・・」
あー、うん。ちょっと納得。物騒な効果がある物だけに、高そうだしね。そもそも、キムチはともかく、他は絶対に口にしたくない。味覚が壊れそうな味に仕上がってそうだし。
「えっと、それで、お金・・・」
「あ、初の客だから、金はいらない。ちょっと待っててくれ。注文されたの、今包むから。他にも好きなのがあれば持ってってくれればいい」
うぉ、太っ腹だ! それなら、他にもちょっといいのがないか、見て回ろうかな。
僕は、大きな甕の間に置かれた、小さな壺に目がいった。隠れるようにひっそりと置かれた壺に、興味が湧く。
「あの、これは?」
「え。あ、それ! 開けてみてくれよ、俺の一押しだ!」
言われた通り、開けると、僕は瞠目した。そこにあったのは、梅干しだったからだ。しかも、かなり古いんじゃないかな、これ。
酸っぱい匂いに、唾をごくりと飲む。
「いい感じで漬かってるだろ? その梅干しは、百年前にたまたま梅の実を落とす魔物が出て、そいつが落としたのを漬けたものだ。数が少ないから、試食はさせられないが」
「これもください!」
迷わず、僕は購入を決定する。
「毎度あり」
鬼人は破顔したのだった。
商品を包んでもらう間に、それは起きた。どごぉぉおおん、と轟音がして、ざわざわとプレイヤーたちがざわめく。
ここまで怒声が聞こえてくるけど、何かあったのかな?
「あ、ちょっと、ミルカスレーグイ!」
ミルカスレーグイが、ピョンピョンと騒ぎのある方へと行ってしまう。
「すみません!後で取りに来ます!」
僕は、言い捨てて、慌ててミルカスレーグイの後を追ったのだった。
ミルカスレーグイは、ひょいひょいと、人を避けていく。
「もぅ、本当にどこに・・・」
僕は言葉を切った。気づけば、ほとんど人だかりの前方へとやって来ている。
そのまま、ミルカスレーグイが、僕の背中をどんと押した。さらに僕の背中におぶさる。
どうやら、この騒ぎを静めないといけないらしい。ミルカスレーグイの真意はわからないけど、僕は仕方なしに割って入ることにした。周囲の噂から、どうもこの騒ぎを起こしたのはプレイヤーの方らしい。
そのプレイヤーたちが囲ってるのが恨みを持つNPCの鬼人だ。
鬼人に色々巻き上げられて、さらに手ひどくやられて負けたらしい。恨むのはいいけど、他所でやってほしいと、心底思う。
いつ仕掛けようかとタイミングを計るプレイヤーたちにうんざりしながら、僕は腹から声を出した 。
「やめなよ。その鬼女にやられた恨みをこんなところで晴らすつもり? ここにはイベントを楽しみにして集まった人たちがいるんだから、いくらチャンスだからって乱闘なんて起こしたら、恨みをかうよ? 僕も闘技場イベントの参加者だから、黙って見過ごすわけにはいかないしさ」
言い終えて、僕は武器を手にしながら、プレイヤーとその鬼人の間に割って入った。一応、牽制のつもりだ。
「あと、僕、店を見て回ってる最中なんだよね。だから、邪魔しないでくれる?騒ぎはよそでやってよ」
あ、思わず本音がこぼれた。これで相手が退いてくれたら楽なんだけど、どうだろう?
次→21時




