219話 森の北に主はいなくなった。(※)
メール送ろうとしたら送れないという罠が発生しました。(  ̄▽ ̄;)
「・・・・・・う、ん?」
酒呑が目を覚ますと、そこにはもう誰もいなかった。朝から元気な小鳥たちの声が、どこかの樹上から聞こえてくる。
焚き火の跡が残っているだけで火は消えてしまっていた。
むくりと体を起こす酒呑は、寝起きのためか少し焦点が合っていない。何気なく振り返った彼は、そこで漬け物が全部なくなっていることに気づいた。漬け物のあったところまで歩くが、やはり甕ごとなくなっている。
「ま、いいかー。どうせ、自分じゃ食べないし。あれ?」
酒呑はそこで自分の体の異変に気づいた。手のひらが大きい。目の高さが違う。髪は短かったはずだが、今はわっさと背の半ばまで届いているようだ。
自分の体の異変に、酒呑は慌てた。
その『慌てた』という変化こそが、一番の変化とも気づかずに、彼は近場の川へと走った。
動転していた。
自分で鬼術を使えばすぐに確認できたことだったのに。
近場の川の側で、酒呑は自分の姿を映し出した。そこにいたのは、二十歳を幾ばくか過ぎたような青年だった。朱色の立派な角が額から生えており、長い黒髪が体を揺する度に頬を叩く。
目は紫水晶の色だった。
「封印が・・・・・・解けてる」
これは、本来の酒呑の姿だった。酒呑は、彼女を失ってから、あまりの現実の無情さに狂いながら、最後の理性で自決した。
しかし、あまりに強い力を持っていた酒呑は、肉体が死んでも魂は完全には死にきれなかった。そして、魂だけとなった酒呑はあまりにも不安定な存在であり、そのまま力に飲みこまれてしまったのだ。理性を失い、肉体を失いながらも酒呑は力の限り暴れた。
だが、鬼人たち一族が死力を尽くして、酒呑を止めて封印したのである。ただし、封印は完全なものでなく、百年周期で、封印が綻ぶのだ。そのため百年に一度の大祓えの豆まきの時期は、絶対に森の北には近づかないよう鬼人の間で伝えられてきたのである。
「どうしたものかな」
酒呑を縛りつけていた封印はもうない。酒呑は自由だ。だが、長い長い年月をさまよい、ようやく理性を取り戻した酒呑が行く宛などない。当たり前だ。
彼の知り合いなど、もうこの世にはいないのだから。
「こりゃー、たまげたわ。わーも、まさかこんなことなるとは、想像しとらんかったの」
背後から突如聞こえた懐かしい声に、酒呑は振り返る。その姿を認めて、僅かに瞠目したものの、酒呑に動揺はない。
「よぅ、元気そうじゃのぅ、酒呑。わーの姿を見ても驚かんのはさすがじゃけぇ、胆が据わっとる。運が悪いのだけがおぬしの難点じゃの」
「温羅様」
じろりと酒呑に睨まれた、正真正銘の神の一柱は、怖い顔すんな、と軽くあしらったのだった。
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