199話 イベント一日目の夜 8 (※多数視点)
全てがうっとうしい、と鬼人族の若長の妻・鈴音は感じていた。鈴音の目の前には、うなだれながら正座させられている二人の鬼人の若者がいる。
一人は紫紺色の長い髪を持つ、がたいの良い青年、獅子南。
もう一人は黒髪黒目の線の細い青年明石だ。
「女将ー。どうしたのー?」
「どうもこうもないよ。あんたには関係ないから、あっちに行ってな、春」
春と呼ばれた肉付きの良い鬼娘は、横暴だー!と、文句を言いつつも、鈴音の言うことをきちんと聞いて、どこかに去ってしまう。
「さて。あんたたち。あたしが何を言いたいのかは、わかるね?」
「「は、はい」」
二人は知っている。鈴音は、この村で若長に次いで強く、怒らせてはならない人物リスト堂々の第一位に輝く女傑だ。
故に村に逃げ帰ってきた二人は包み隠さず、きちんと鈴音に報告をした。
「それで、村の外に魔物が住みついたってのは本当なのかい」
「あぁ。さすがに、姐さん相手に俺たちも嘘なんてつかねぇよ。つく気もねぇし」
「そもそも、私たちも今さっきようやく逃げてきたところでして。どうします、鈴音さん?」
鈴音はしばし思案したが、答えはすぐに出てしまう。そんな危険な魔物らを村の近くで野放しにはしておけない。
「爺さんのところに行くよ。明石と獅子南もついてきな。春! あたしゃ、ちょっと出かけてくる! 店を留守にするけど、後は頼んだよ!」
鈴音は春に後を任せて、早速出掛ける準備をする。そこに、鈴音の子どもの秋菜と六花がやって来る。秋菜の方が六花よりも三つ年上だ。
「お母さん! あのね、話したいことがあるの!」
夕飯後、本当はすぐに話をしたかったが、忙しそうな母親の様子にそれを言い出せず、今までずっと機会を伺っていたのだ。
ようやく得られた機会を逃さずに、今日あったことを話そうとした秋菜だったが、母親の鈴音は残念ながら聞く耳をもたなかった。
「悪いね、秋菜、六花。あたしは少し鉄爺さんのところに行かなきゃいけなくなっちまった。春や、夏海と一緒にいい子でお留守番しといておくれ。明石、獅子南! 行くよ!」
鈴音の号令に、すぐさま従う二人。
鈴音は宿屋・明喜を出て集物屋へと向かうのだった。
「ど、どうしよう。お母さんに話せてないのに」
「お姉ちゃん、お母さんに話すの? あの人たちのこと」
「だって、約束だし」
懐から取り出した布を見下ろし、ため息を吐く。ちゃんと、伝えないといけなかったのに、機会を逸してしまったことは痛恨の極みだった。
「秋菜ちゃん、それ! どこで手に入れたの!?」
たまたま通りかかった春が、秋菜の手の中にあるものを見て、驚いた。驚きのあまり、普段の間延び口調がなりを潜めているくらいだ。秋菜はビックリして、手の中にあったハイドにもらった手土産の布を落としてしまう。
それを、震える手で拾い上げた春は、布の手触りや質感を確かめている。
「こ、これ。とんでもない上物の布よ!? どこで手に入れたの!?」
「そ、その・・・」
「蜘蛛さんにもらったの!」
言葉を詰まらせる秋菜とは裏腹に、六花は目を輝かせながら、春に自分たちの冒険を語って聞かせた。
春の眉間に徐々にしわが増えていくことに気づき、秋菜は震えるが、六花はまったく気づかなかった。
「蜘蛛さんも、カラスさんも、ちょっと怖い顔の人もみんな親切だったよ!」
最後にそうまとめた六花の話の確認をするように、視線で問われる。
秋菜は、諸手を上げて降参すると、夕方あった出来事を包み隠さずに春に話したのだった。
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