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2話 道化師

 アールサンの街並みはなかなか綺麗だった。建物は石造りや煉瓦でできていて、時折子どもの落書きのあとがあったりする。

 街の規模もかなり大きいだろう。

 南と北には街道に出るための外門があり、その外門を繋いでいるのが大通りだ。大通りにはたくさんの店が立ち並び、ざっと見ているだけでも本屋、薬屋、服屋、食べ物屋、道具屋、等々。多彩に取り揃えている。


 大通りをまっすぐ行くと、南と北のほぼ中間地点に、青緑の水晶が目印の広場があり、そこからさらに西と東へ伸びる通りがある。

 大きな通りが十字に走ってるんだね。

 西と東は住民区画になっているみたいで、道端でおしゃべりするおばさんたちや子どもが走り回ってる姿を見かけて、ちょっとほっこりした。


 あと、目立つのはプレイヤーの姿だ。今日配信されたばかりだし、当然のようにたくさんのプレイヤーを見かける。強そうな装備に身を固めて、嬉しそうに街の外へと向かう剣士と魔法使いの二人組とすれ違い、いいなぁと、僕は羨ましくなった。

 僕が街中を散策してると、小さな茶髪の少女が必死に声を張り上げているのに遭遇した。


「お願いです! 誰か、エリクサーを譲ってください! お願いします! お父さんが大変なんです!」

 今にも泣きそうな声で訴える少女だったが、周囲の者は訝しげに眉をひそめる者や、苦笑する者ばかりで誰も少女に声を掛けない。

 だが、一人少女に近寄る赤裸顔の男がいた。下卑た笑みを浮かべながら、少女に声を掛ける。

「なぁ、おい。嬢ちゃんよ。ここでエリクサーを持ってるやつがいったいどれくらいいると思ってんだ? エリクサーなんて高価な物、よっぽどの金持ちか、よっぽど腕のいい冒険者ぐれぇしか持ってないんだぜ? しかも、それを譲ってくれ? 金はあるのかよ? 1個確か100万ギル以上してたはずだぜ?」

「そ、れは・・・い、今はお金、ないけどちょっとずつ返します! 絶対に返します! お父さんはすごい道化師なんだから!」

 道化師? まさか・・・。

「話にならねぇな。でも、そんなにお金が欲しいなら、俺がお前を買ってやろうか? へへ」

 男が少女を欲情した瞳で舐めるように見つめた。少女は首を横に振りながら、後ずさる。男が少女に手を伸ばしたのを視認した僕は、少女に声を掛けていた。

「ねぇ、君のお父さんが道化師って本当?」

 少女と男は、同時に僕の方を見遣ったのだった。


 道化師。少女の口から出たそれは、僕のなりたい職業だ。レアジョブは、特殊な条件を満たさないと出てこない。その条件もわかってないから正直どうしようかと思ってたんだけど。

 そのジョブに就いてるキャラなら、道化師になる条件を知ってるかもしれない。

 そう考えて、僕は少女に声を掛けたのだった。

「どうなの?」

「は、はい! お父さんは道化師です。すごい道化師なんです! でも、病気にかかってしまって・・・このままじゃ、お父さん、ひくっ、し、しんじゃうっ、て。えりくさ、うくっ、なら、なんとかなるって、いわれ、て」

 そうとう我慢してたんだろう。少女は泣き始めてしまった。レアジョブの道化師に就いてるキャラがいなくなると、困るのは僕の方もだ。

「・・・わかった。ひとまず、お父さんのところに案内してくれる? 悪いようにはしないから」

 少女を連れて、僕は男の前から立ち去ったのだった。



 少女に連れられて着いたのは、少し古ぼけた宿屋だった。看板には、古時計の語り、と書いてある。

 その宿屋に入ると、カランコロンとドアベルが鳴り、女将さんらしき壮年の女性が僕らを出迎える。

「いらっしゃい! って、サーシャちゃん! 帰ってきたのかい。どうだった、エリクサーを譲ってくれそうな人は見つかったのかい?」

「ひく、えぐ。あの、このおにい、ちゃん、が。お、お父さんに、会わせてほしいって」

 女将さんが僕を見て、眉をひそめる。

 女将さんの表情、こんな子どもが? 騙されてるんじゃないか? って、顔だよね。いや、気持ちはわかるけどさ。


「こんにちは。僕は、テルア・カイシです。サーシャちゃんのお父さんが道化師だと聞いて、是非会ってみたいと思いまして」

「あんた、まさかサーシャちゃんを騙そうとか考えてるクチかい?」

 あ、すごい疑われてる。

「違いますよ。そもそも、僕はお金をもらってませんし。あのままだとこの子が変な男にどこぞに連れ込まれそうだったから、連れてきただけです。あと、個人的に、道化師というこの子のお父さんに、会ってみたかったんです。それが理由だとおかしいですか?」

 微笑みながら、女将さんの目をまっすぐに見上げた。

 しばらく見つめあった後、女将さんは、ふう、と息を吐き。

「わかった。ひとまず、嘘はついてなさそうだね。とりあえず、お父さんのところに行ったげな、サーシャちゃん。きっとそれが一番の薬だよ」

「わかった! お兄ちゃん、こっち!」

 サーシャちゃんに手を引かれて、僕は宿屋の2階に上がった。


 宿屋の一室に入った途端、いきなりログが流れた。


 死のカウントダウンが始まりました!

 3分以内にエリクサーを使わない限り、対象キャラが死滅します。


 なっ!? いきなりのことに一瞬頭が真っ白になったけど、その間に事態は急変した。

「うっ、うう。うわぁあああ! 頭が、頭が割れるぅうううう!」

 部屋のベッドでのたうち回る一人の男性。

「お父さん!?」

 サーシャちゃんは、ベッドで苦しむ男性に駆け寄った。

「お父さん! お父さん、しっかりして!」


 続いて、僕も部屋に飛び込む。

 苦しみのあまり、男はサーシャちゃんを振り払おうとするが、サーシャちゃんは男の腰にしがみついて離れない。

 僕はアイテム袋からエリクサーを取り出した。

 いや、こんな光景、目の前で展開されたら、ここで助けないとか鬼畜だから。 


「えいっ」

 かけ声と共に、男性にエリクサーを振りかける。効果は抜群だった。


 ロブクプスは病気が完治した!


 ログが流れ、僕もほっとする。

「はぁ、はぁ、はぁ、い、痛みが収まった?」

「ご無事で何よりです」

 頭を押さえて苦鳴を上げていた男性は、ようやく僕の存在に気づいたようだ。

「えっと、君は?」

「初めまして。僕はテルア・カイシ。魔物使いです。実は、あなたにどうやったら道化師になれるかを聞きに来たんですけど、緊急事態だったので、手持ちのエリクサーを使いました。気分が悪かったりとか痛みはもう大丈夫ですか?」

「あ、あぁ。あれだけ痛かったのに、今はもうなんともない。ただ・・・」

 ロブプクスさんは息を吐き、肩を落とした。

「残念ながら私たちは貧乏で、とてもではないが、君が使ったエリクサーの代金を支払うことなどできない」

 ロブプクスさんの言葉に僕は苦笑した。



「サーシャ。女将さんに頼んで、水を一杯持ってきてくれないか?」

 サーシャちゃんが、ロブプクスさんの頼みを聞いて、「わかった、持ってくるね!」と、部屋を出ていく。

「さて、これでサーシャはいなくなったわけだけど。ひとまず、自己紹介が先だね。私はロブプクス。サーシャの父親で、道化師をしている」

「先程も名乗りましたが、テルア・カイシです。魔物使いです」

 僕が礼をすると、ロブプクスさんはじっと僕を凝視してから、訊ねてきた。


「テルア君は、ひょっとしてハーフエルフか小人族だったりするのかな?」

「どうして、そう思われたんですか?」

「いや、外見に反して、やけに礼儀正しいし、サーシャと同年代には見えないからね。もっと年上の落ち着きがあるから」

 僕はロブプクスさんの観察眼に内心舌を巻きながら、肯定する。

「本当の年齢は、十六才です」

 プレイヤー云々を伝えるのはやめておく。だってこの世界のゲームキャラは、一個の人格として確立されているのだから。プレイヤーか、ゲームキャラか、この中では些細な違いでしかない。


「なるほど。納得したよ。それで、君は先程私に道化師になりたいと言っていたが、本気かい? 君が思うほど、簡単になれるものじゃないし、なったとしても、本当に人の笑顔や人の役に立ちたいと思わない限り、やっていけない仕事だ」


「経験者は語りますね。でも、僕の夢は魔物使いとして、もふもふの魔物を仲間にすることと、そして道化師として仲間にした魔物たちとのショーを演じて観客に楽しんでもらうことなんです。だから、そのためには頑張ります! なんたって、全くの初心者で、国王業もやってたくらいなんですから!」


 ロブプクスさんは僕の言葉に目をぱちくりさせ、次いで破顔した。


「ぷっ。くっ、あはははははははは! おもしろい、おもしろいな、君は」

「そんなに笑わないでください。自分でも少しかっこつけすぎたって思ったくらいなんですから」

 ちょっと不貞腐れると、ロブプクスさんは笑いを引っ込め、僕と目を合わせた。

「いいだろう。私がこの街にいる間に、君が道化師の職業に就けるよう、全力でサポートしよう」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

「ただし! 私が教えるのは本当に基本中の基本だけだ。そこからどれだけ道化師として活躍できるかは君の努力次第だ。それと、教えている間は私のことは先生、もしくは師匠と呼ぶように」

「わかりました、師匠! よろしくお願いします!」


 僕は深々と頭を下げた。

 やったね! 師匠ゲット!


「・・・それで、だ。もし君が無事道化師になれた暁には、私に使用したエリクサーの代金を半額にしてもらいたい。分割で払うことも了承するように」

 師匠。意外とちゃっかりしてますね。いや、代金は全額無料でいいよ?

 僕がそれを伝えると、師匠は泣いて喜んだのだった。

 気づくと、講習の時間が迫っていたので、僕は冒険者ギルドに行く用事があることを伝え、部屋からお暇したのだった。


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