148話 神を鎮めるために 29
それは、とても綺麗な舞だった。もしかしたら、剣を使うのかもしれないし、他にも色々な小道具はあるのかもしれない。だけど、ナーガはまったく小道具を使わなかった。僕が多少つっかえながらも、なんとか間違えずに祝詞を奏上し終えると、ナーガの舞が始まった。
柔らかく、しなやかに、月光に照らされながら翻る腕。タン、タン、タタンと、足音がリズミカルに響きながら、円を描くように足を滑らせていく。
聞こえない音楽に合わせて舞っているようだった。儚く、繊細な、美しい舞は、見るもの全てを魅了する。
「すごい」
素直な賛辞の言葉が口をついて出た。
「ここまで・・・ここ最近奉じられた舞の中では、一番綺麗」
ティティベル様もうっとりとしていた。だけど、始まれば終わるのが世の習いだ。
ナーガの舞が徐々に動きを小さくしていき、余韻を残したまま終わる。そして、僕の隣にいたティティベル様の姿が変わっていた。
「ティティベル様、その姿・・・」
そこにいたのは少女ではなかった。薄い羽衣のような服を纏った、大人の女性。右目は金色であり、その左目は赤かった。
すっと腕を伸ばすと、おそらく人の言葉ではない、音の連なりは音階があり、歌のようにも聞こえる。言葉の意味は理解できないが、美しい音色が空間に満ちていく。それに合わせて、小さな光の粒が地面から浮き上がってくる。
外国のオペラやクラシックでも聞いている気分だった。
(魔物たちが・・・)
身動きのろくにできない魔物たちが光の粒に包まれ、光が消えると、寝息を立てているダークエルフへと戻っていた。
全ての魔物がダークエルフに戻ると力を使い果たしたのか、ティティベル様は元の少女姿に戻っていたのだった。
「はい、終わり」
「おお〜! すごい、ティティベル様!」
「ありがとうございます、ティティベル様!」
ナーガも僕と一緒にティティベル様に感謝すると、ティティベル様はぷいっとそっぽを向いた。
「おー。ティティベル姉の御霊鎮めの歌、久々に聞いたなー!」
そこに、笑顔で会話に割り込んできたのは、言わずもがなの太陽神であった。
「オイラの方も、片はつけたぜ〜。少なくとも、今後テルアにもティティベル姉にも、ダークエルフたちにも手出ししないよう、言い聞かせといた!」
「体に教え込んだの間違いでしょう、ロード?」
ティティベル様が鋭くつっこむ。
「ええ〜。ティティベル姉からオイラってば信用ないんだな! ひっでぇ!」
太陽神ロードは、かなり、不満げに口を尖らせているけど。僕は、太陽神ロードの後ろに、ぼろ雑巾のようになってしまった人(?)が倒れているのを見てしまった。と、いうかあれ、確実におそらくさっきの・・・。
ナーガも気づいたのか、微妙な顔をする。
「あの、ロード様? ロード様の後ろにぼろ雑巾のようになった、さっきの人が・・・」
「ん? なんの話? オイラ、わかんないなぁ」
「とぼけるのはやめときなさい。見苦しいわよ?」
太陽神ロードは真面目な顔つきで神妙に言ってのけた。
「だって、オイラの大事な友人に手ぇ出されたんだもん。それに、ティティベル姉にまで迷惑かけてさ。あの程度でも正直足りないって。今が夜じゃなきゃ、全力で色々潰しに掛かったのに」
こわ!? 今、僕の中でロード様が怒らせちゃならない人の中に入ったよ!?
「なんで、ロードを怒らせるようなこと、セルトもやらかしたのかしら。この子が怒り出せば、手がつけられなくなることくらい、常識なのに」
「うん? そうなんですか、ティティベル神様?」
「そうよ。今が夜だったことに感謝しときなさい。昼間に暴れてたら、私は迷わず武神か魔術の守護神に連絡してたわ。ルテナに頼るのは、最終手段だし」
「ロード様って、そこまで強かったの?」
あんまり、そんなイメージなかったから、ちょっと僕はビックリした。
「純粋に、強いわよ。神の序列第三位の太陽神だから。もしも、武神とロードが暴れ始めたら・・・怖いことになるとだけ言っとくわ」
あ、うん。そうなんだ。今後、怒ったロード様と、クレストのおじさんには近づかないようにしよう。
「あ、そーだ、テルア! これ!」
ロード様が、僕の肩にじゃれつきながら、何かを差し出してきた。? なんか固いんだけど・・・って、ええ!?
「多分、テルアが持っといた方がいいと思ったから、取り上げといた!」
誉めて、誉めてオーラを出してるけどね、これ、やばくない!?
僕がもらったのは、一枚の金属板なんだけど。この金属板、虹色に光ってる。
それだけじゃない。込められてる魔力の量が尋常じゃない。何、これ!?
「それ、セルトの一番大事にしてる、魔法威力と範囲を拡大してくれる虹色鋼よね? 鉱物の中でも特に力のある七種の鉱物が混ざりあった、奇跡の鉱石」
虹色鋼? 綺麗だけど、これ・・・。
やっぱり物騒そうな力があるみたいだ。
「そうそう! これ取り上げといたら、しばらく悪さできないからさ!」
「だけど、このままじゃ、装備するのが大変でしょう。あきらめてクク神にでも・・・」
「テルア! ちょっと腕貸してくれるか?」
僕が頷く間もなく、ロード様に腕をとられてた。さらに、僕の腕に虹色鋼を押しつけると、ええ!? 虹色鋼が変形し始めた!? ドロリとしながら、それは繋ぎ目の一切ない綺麗な腕輪になった。
テルアは虹色鋼の腕輪(テルア専用)を手に入れた!
「うん、いい出来だな! 虹色鋼が熱に多少弱かったから、加工しやすくて助かった!」
「これ、外れないんですけど!?」
僕の手首にきっちりと嵌まった腕輪は、かっちりしすぎていて、外れる気配が全くなかった。
「あ、うん。だって、それテルア専用装備だし。外れないと思うし、テルア以外には使いこなせねぇよ?」
「えぇぇええええ!?」
「なんですってぇえええ! ちょ、ロード!ただでさえ、強い人間をさらに、強化してどうするのよ!?」
「え、だって、友達の証みたいでかっこいいだろ?」
何が問題なのか、という風にこてんと首を傾げるロード様に、ティティベル様の容赦ない拳骨が、降り下ろされた。
「ごめんなさい。姉としても、この弟には、きっちりとお説教しとくから。セルトも任せて。きっちりと反省させる場所に連れとくから」
「あ、はい。ところで、ティティベル様。儀式の邪魔された時、この村に何か呪いとか掛けたりしました?」
元々、これが本題だったのだ。僕が質問すると、ティティベル様は少し考え込んだ。
「ん? あぁ、瘴気で野菜や作物の実りが悪くなるようにはしたわ。まぁ、これから熱心に祈りを捧げてくれるなら、少しずつましになってくはずよ」
それは、ナーガにとっては朗報だね。
ただ、まだ疑問は残る。
「なんで、えーっとセルト神は、こんなことをしでかしたんだろう?」
そこが今回の最大の疑問点だ。そもそもこんなことをしでかす理由って、何?
「それは・・・」
「テルア。セルトって実はな、ものすごーく、面倒なやつなんだ」
「え?」
「暗いし、じめじめした陰鬱なところあるし、呪術の試しとか大好きだし、黒とか好んで身に付けるし。ついでに、ティティベル姉にほの字。だから、風の噂でティティベル姉が気にしてる人間がいるとか聞いて、嫉妬したんじゃねぇかな」
はあ!? え、何、ティティベル様あれの恋人なの!?
僕とナーガがティティベル様の方を振り向くと、ティティベル様は慌てて否定した。
「違う! 私はセルトのことなんてなんとも思ってない! 恋人でもないからね!?」
あ、そうなんだ。でも、見た目少女のティティベル様と、女性に見間違える美男のカップルを想像してみたんだけど。犯罪でしかなさそうだ。
「ま、今後、テルアには手出ししねぇように、セルトはきっちりと教育はしてもらうから。安心していいぜ!」
若干の不安が残るものの、僕はその言葉を信じて、ティティベル様とロード様に後を任せた。
こうして、ナーガの一件はようやく一区切りがついたのだった。




