126話 神を鎮めるために 12
「おー! すごいんだな! 風の大精霊と会う機会なんて滅多にないんだな。そもそも人前に姿を現さないと言われてるんだな。超レアケースなんだな!」
ネギボウさんが興奮しているが、どうやら風の大精霊のシルさんは僕の方に注目しているらしい。
ひとまず、敵意はないとみなして、僕は短剣を鞘に納めた。喧嘩腰ならばともかく、このシルさんはそうではない。
「初めまして、風の大精霊シル様。僕はテルア・カイシ・クレスト。魔物使いです」
一礼しながら名乗ると、ぶわりと放たれる覇王の威圧。シル様は少しだけ警戒を弱めたようだ。
「覇王の威圧にその名前、武神様の眷属か?」
「いえ、クレストのおじさんとは知り合いですが、眷属とはいかないかと。まぁ、たまにぼこぼこ・・・いえ、稽古をつけてもらう程度の仲です」
「武神様のお気に入りというわけか。それで、お前は何故ここに? ここが聖域と知って、あえて入ったのだろう?」
僕はもう一度頭を下げながら、来た理由を話す。躊躇いはなかった。
「手に入れたいものがあり、ここまで来ました。聖域の奥の奥。樹齢何千年と経た大杉の枝を一つ、手に入れたいのです」
「何故、枝を求める? 答えによっては、お前たちを排除することになる。嘘偽りなく、答えるがいい」
「神を鎮めるために。堕ちた月神ティティベル様への儀式が邪魔されたことはご存じですか?」
「いや。私はこの聖域の番人。外のことはあまり詳しくない」
シル様は少し意外そうに瞬きをした。
「ティティベル様は当然、儀式の邪魔をされたことを怒り狂いました。それ故、ダークエルフたちはティティベル様の怒りを買ってしまった。そして、邪魔した者を捕らえたようなのですが、その邪魔したものは僕の知り合いなのです。僕は知り合いを助けるために、大杉の枝を手に入れたいのです」
「・・・・・・なるほど。だから、翁は・・・」
すっとシル様は目を閉じて、やがて開いた。その瞳は、透明で波紋もないから感情を窺い知ることができない。
何秒、あるいは分単位だろうか? 沈黙したシル様の言葉を待っていると。
「いいだろう。持っていくがいい」
シル様は、手を振った。すると、風によって何かが運ばれてくる。それは、とても立派な枝だった。僕はその枝をしっかりと受け取った。ずっしりとした重みが、手に伝わってくる。と、いうか本当に大振りの枝だ。僕の身長ほどもあるから、少しぐらつきそうになる。
「ここから先へは人は入れられない。人が入ってしまえば、聖域が汚れてしまう。目的を達したなら、ここから早々に立ち去るがいい」
「ありがとうございます、シル様。もう一つ、お聞きしたいのですが。ここに来る途中、スケルトンに会いました。彼らは一様に苦しんでいるように見えました。彼らには死しても解けない呪いがかかって・・・」
「愚か者共の末路だ! 当然の報いだ!」
突然、シル様が叫んだ。僕らはびっくりする。シル様の怒りで、大気がざわめく。
「やつらは、やつらは聖域を汚した! 故に、罰を受けたのだ!」
シル様は怒りのままに話し始めた。かつて、聖域を土足で踏み入った者たちの話を。
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