117話 神を鎮めるために 3
「ティティベル神の場合、鎮めの儀式を行うには三つ揃えなければならんものがある。一つはまぁ置いておいて構わん。重要なのは残りの二つじゃ。それを明日の夜までに揃えるんじゃ。今日から三日後。正確には四日かもしれんが、日にちが変わった直後にもっともティティベル神の力が強まるのでな」
期限を聞いて、さすがに僕は驚く。明日の夜まで!?
現在時刻は、まだ午後六時を少し過ぎたところだ。だけど、じいちゃんの力が借りられないということは、すなわち移動に時間がかかるということである。現に、イベクエ08では、ナガバの森に辿り着くまで一時間ほど掛かった。その間、魔法の練習をしていたんだけど。要するにここフェイマの街から遠くなればなるほど、移動に要する時間は長くなり、それだけ目的の物を入手するための時間制限も厳しくなる。
深く息を吐き、吸い込む。それを三回繰り返すと、僕の逸る気持ちが僅かに静まった。焦りは禁物だ。感情のコントロールをきちんとしなければ、自分の能力を最大限に発揮できない。これは、僕の言葉ではなく、現実世界でいつも正也が言ってることだ。
最大の敵は、眼前の敵ではなく、自分の心なのだと。
自分の心をきちんとコントロールしていなければ、それは些細な動きや剣筋に現れ、そこから敵に突き崩されることもある。故に、常に心を静かに湛え、闘志を失わずに眼前の相手と相対するのだそうだ。
敵は常に己の中にある。
敵に向き合う前に、まず己と向き合え。
そう、最初に師事した人からは教えられたらしい。
僕は剣道とか武術はからっきしなんだけど、スポーツにも通じる言葉だな、と思った。
すっと思い出せる程度には、この身にその言葉が宿ってるということなんだろう。
正也との腐れ縁の時間は、案外馬鹿にできないと、こんな時には思う。
「ごめん、じいちゃん。大丈夫、続けて」
「ナガバの森の奥深くに、あまりに険しく、人が立ち入れない領域がある。そして、その奥の奥には、樹齢二千年を越す、大きな杉の木があるんじゃ。その杉の木には、太古の精霊が宿っておってのぅ。まずは、精霊に頼んで、その杉の木の枝を葉付きで手に入れるんじゃ」
僕はメモを取る。樹齢二千年を越す大木。正直、想像もつかない。
だけど、必要なのだ。手に入れるしかない。
「もう一つは、百合月の石。ティティベル神は、元は月の女神。故に月とは切っても切り離せぬ関係じゃ。百合月の石は、ティティベル神が月神として最も好むもの。ただし、入手は困難などというものではない。まずは、百合月の花を探さねばならんのじゃが、この百合月の花は非常に小さく、さらに月の出ている時間しか咲かぬ花じゃ。その百合月を運よく見つけられたとしても、百合月の魔力によって石ができておらなければ、また別の百合月の花を探さねばならん。百合月の花も、幸いナガバの森のどこかには咲いておるはずじゃ。水辺を好むはずじゃから、泉を探すのが良いかもしれんの」
「ここから、ナガバの森に通常の手段で行くとして、どれくらい時間かかるかな、じいちゃん?」
僕の質問に答えたのは、じいちゃんではなかった。
「それなら1分あれば着けるんだな!」
へ? と声がした方を見遣れば、そこには大きなネギボウズが・・・ではなく、ネギボウズ頭があった。
「ネギボウさん!? なんでここに!?」
「うん、実はちょっと賭博場で闇のオークションがあったんだな。それに参加してたんだな。おかげでコレクションが増えたんだな!」
そう言ってネギボウさんが取り出したのは、大きな鉢植えだった。鉢植えには花が植えてあるんだけど、あの、それ、本当に植物なの!?
きしゃぁ、ぎしゃあとか言ってるんだけど!?
さらに、近くを飛んでいた昆虫に蔦を伸ばして、捉えると花弁の中心のぎざぎざの歯が並んでる口っぽいところに放り込んで、咀嚼してるみたいなんだけど!?
「ふふふふふ。この辺りでは珍しい、熱帯の気候でしか育たないグールプラントなんだな。いきがいいのを選んだんだな。大きいものだと、十メートルを越すんだな。主な主食は小さめの魔物なんだな」
嬉しそうに解説してくれるけど、その解説が逆に怖いんだけど!?
僕がグールプラントから、離れようとすると、あれ? おかしいな。いつのまにか蔦が巻き付いてる。さらに、よっこいしょと、グールプラントが鉢植えから出てきた!?
そして、何故か蔦を思いきりからめられて、頬擦りならぬ花びらずりされてます。
普通に僕が子どもだったら恐怖しか湧かないよ、これ!?
「あ、あの。ネギボウさん、ひとまず、これ剥がしてくれる?」
僕が頼むと、ネギボウさんがグールプラントに鉢植えに戻るよう言った。名残惜しそうにしなくていいから!
早く鉢植えに戻って!
そして、ネギボウさんが鉢植えをしまった。
ようやく安心できる。
なんか、グールプラントの登場のせいで、一気に緊張感が削がれた。代わりに、疲労感があるんだけど。
「実は僕もナガバの森に行きたかったんだな。でも、護衛がいなかったんだな。テルア君らが一緒に来てくれるなら、安心して森の奥まで行けるんだな」
「は、はあ」
「僕は移動するのに便利な道具も持ってるんだな。すぐにナガバの森に行けるんだな。準備の方は万全なのだな?」
準備、か。少しだけ、僕は買っておきたいものがある。
なので、ちょっとだけ時間をもらって、色々買いそろえた。
「それじゃあ、行くんだな!」
ネギボウさんの言葉を合図に、ネギボウさんが持っていた道具で、僕らは一瞬でナガバの森へと運ばれたのだった。
次→6/12 19時




