116話 神を静めるために 2(※グース視点)
正直、グースは信じられない気持ちで一杯だった。神を鎮めることは簡単ではない。それに伴う危険はとんでもないものだ。普通の人間なら、挑戦する前にあきらめるだろう。それなのに、赤髪の少年は行くと断言した。その潔さと意志の強さに、気圧される。
こんな人間に、ついていきたい。
心底、そう願ってしまった。
だが、まだ少年についていくには力が足りてない。足手まといには、なりたくない。
ぎりっとグースは唇をかみしめた。
「姉貴。俺、一回国に帰るわ」
「え!?」
心底驚いたとばかりに両目を見開くファミリア。
そんなファミリアに、グースは真剣な眼差しを向ける。
「一から鍛え直す。鍛え直さないと、ダメだ。ついてくこともできないから」
グースは、目標を持った。
少年の近くに並び立つに相応しい力を身につけたら、その時は。
再び少年に会いに行こう。今度は、こんな後ろ姿を見ているだけの情けない姿ではなく、胸を張って堂々と少年に言うのだ。
力を貸す、と。
ついていくと。
まだ呆然としてるファミリアにグースは声を掛ける。
「どうした、姉貴? 元々、それが姉貴の目的だろ」
「それは、そうなのですが。ものすごく複雑な気分です。そう、例えるなら、我が子をとられそうになってる母親の気分と言いますか」
何気に、当たっているかもしれない。ファミリアは、ブラコンだ。グースのことをそれこそ目にいれてもおかしくないぐらいに可愛がっている。元々、グースが国を出た理由も、半分はそれだった。ファミリアの性格はともかく外見は美女だ。それに、かなり高貴な出自でもあるため、グースを嫉妬する者は多かった。
そのため、嫌がらせを受けることも多く、ファミリアへの自分の過干渉もあり、国から出られる年齢になったら、すぐさま出てきてしまった。
気ままな一人旅は気楽ではあったものの、警戒することも多々あり、意外と神経を磨り減らす。幸い、グースは精霊との契約ができていたから、普通よりも少し楽ができたのだ。もしも、本当の一人きりであれば誰かと組んでいたかもしれない。
「バカなこと言ってないで、行くぞ、姉貴。今は時間が惜しいから」
「何か納得しがたいものがありますが、わかりました」
不満顔のファミリアのことも、今はほとんど気にならない。
「テルア!」
少年の名を呼ぶと、振り返った。ちょうど、話が一段落したところらしい。
「これ! 持っていけ!」
グースは旅に出てから肌身離さず持っていたそれをテルアに放り投げた。
テルアが驚きながらも、ちゃんと投げたものを受け取ったのを視認した。グースは不敵に笑う。
「受け取ったな? 返品不可だからな、それ」
「グース!? あれはあなたの・・・!」
「姉貴は黙ってろ。俺が決めたことだ」
有無を言わさないグースの様子に、口をつぐむファミリア。
「悪いが、俺、ちょっと用事ができたんでな! 姉貴と一緒に国に帰る! けど、絶対にまたお前に会いに行くからな。それまで、それ、大事に持っとけよ!?」
疑問符を浮かべながらも、最終的にはこっくりと頷いたテルアに満足し、グースは背を向ける。
「行くぞ、姉貴。国に帰って力をつけなきゃな」
「・・・・・・変わりましたね、グース。あんなに、毎日が退屈そうだったのに。今のあなたは、すごくいきいきとしてます」
ファミリアがグースに構い倒した理由。それは、あまりにもグースが冷めた視線をしていることが気になって仕方なかったからだった。その瞳に、どこか虚無が映りこんでいる気がして。ファミリアはグースを放っておけなかったのだ。
「やりたいことができたからな。姉貴が魔法の腕前を磨くために努力してきた気持ちが、ようやくわかった気がする。やる前から、すげぇやりがいを感じてる、今」
グースは笑う。焦りはあるがそれはけして悪いばかりのものではない。少しでも近づくために、努力を重ねるための原動力にできる。
だから、今しばらくは。
地に伏して力を溜め込むのだ。
そして、その日のうちに、グースとファミリアはフェイマの街を出たのだった。
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