115話 神を鎮めるために 1
「え? 連れて行かれた?」
報告を聞いていた僕は、かなり戸惑っていた。どうも、話を聞いていく限り、僕の想像とは違うみたいだ。てっきり、ナーガが暴れていたのかと思ったけど、そうじゃないみたいな雰囲気なのだ。
「はい。裏通りでダークエルフ同士の交戦がありました。一人のダークエルフを多数のダークエルフが襲い、生け捕りにしていました。生け捕りにされていたダークエルフですが、こんな顔です」
差し出された紙を僕らも見せてもらった。間違いなく、ナーガだ。でも、どうしてナーガが連れて行かれるわけ?
それに交戦してたってことは、ナーガ、戦ったわけだよね。
ダークエルフたちは、なんの目的でナーガを連れて行ったんだろ?
よくわからないけど、嫌な感じだ。
おそらく僕の眉間にはしわが寄ってるだろう。
「ダークエルフ同士の諍いですか。本来、ダークエルフたちは森に住まい滅多に人前に姿を現しません。それが、街中にまで降りてきたとなると、よほどの理由があったのでしょう」
「・・・だな。ナーガってダークエルフが、なにかしらしでかしてる可能性は否定できない。ダークエルフらは、一族を思いの外大事にしてるはずだ。それ故に罪人には厳しい罰をくだすと聞いている。例えば、一族の掟を破った、とかな」
ファミリアさんの言葉に同意するグース。
「うーん。ナーガは別に悪人とかじゃないんだけど・・・」
実際のナーガはかなり僕より年上だけど、踊りが大好きで、いつも僕に踊りを(無理矢理)教えてくるような、そんな感じだ。あ、でも結構物騒なところはあるね。特に、僕に対して危害を加えようとした人にはあまり容赦しないような・・・あれ? こう考えてみると、いつのまにかナーガもじいちゃん化してる!? どれだけ、みんな過保護なの!? 僕、一応それなりに強いんだけど。
あ、いやいや。これ以上は話がずれる。この話題は避けといた方が無難だ。
「うーん。ダークエルフたちとの争い、か。思い当たることと言えば・・・」
「おそらく、ティティベル神との一件じゃろうな」
じいちゃんが口を挟んできた。そういえば、ティティベル様の一件ではじいちゃんもその場にいたもんね。
「思い返してみぃ。ナーガは最初、ティティベル神の眷属に追いかけ回されてたじゃろうが」
「あ」
そうだった。ナーガと最初に出会ったのって、ナガバの森でだった。黒鋼蟻たちが、困ってたんだよね。あの時のナーガは確かに普通じゃなかった。次に会った時には、冒険者ギルドの牢屋を魔改築して、ディスコにしちゃってたんだよね。
そして、一晩中踊りにつきあわされたっけ。
だけど、重要なのはその後なのだろう。ティティベル様の大百足に追っかけられて瀕死だったナーガを助けたのは僕だ。その後、ティティベル様と勝負して、僕が勝って、ナーガは助かった。
だけど、そんなこと、ダークエルフたちは知らないんだ。
ナーガは言ってた。儀式を邪魔した、と。
それだけだったけど、儀式を邪魔したからこそ、ティティベル様の眷属に追いかけられたし、命も狙われた。
その儀式を行っていたダークエルフたちにしてみても、たまったものじゃなかっただろう。
ダークエルフたちがナーガを恨んでいてもおかしくない。ティティベル様の不興をかったと思い込んでるかもしれない。
そんな、ダークエルフたちにナーガは捕まった。
嫌な予感しかしない。
「じいちゃん。僕、儀式の重要性とかわかんないんだけど、神様への儀式を邪魔したら、何が起きるの?」
「まず、儀式の邪魔をされれば当然、神は怒る。それだけではなく、周囲にも災いが降りかかる例も多い。本来、穏やかで気性が優しいアルルン様でさえ、そんなことをされれば、怒る。神への不敬であり、冒涜じゃからな。払わされる代償はとてつもなく大きなものとなるじゃろう」
「ナーガ、ティティベル様の儀式を邪魔したって言ってた。それってダークエルフたちにも影響が出るの?」
「もちろんじゃ。怒り狂った神を鎮めるためには、たくさんの犠牲が必要となる。ダークエルフらの中にたくさんの死者が出ておっても不思議ではない」
僕は息を飲んだ。ティティベル様は一言もそんなことは言ってなかった。まさか、もう犠牲者がいるのだろうか?
「とはいえ、ティティベル神の力はそう強くはない。今のところ、死者までは出とらんじゃろう。ただ、ダークエルフたちに何かしらの影響がありそうなのは確かじゃ。そして、そうだとすれば恨むじゃろうな、ナーガを。神の災いは天災と同じじゃ。鎮める術を知らなければ災いが続いてしまう。そういうものなんじゃ。たとえ、普段はお主に対して強く出られないティティベル神であっても、これだけは別じゃ。神として、譲れぬことなのじゃ」
話を聞いていたグースやピッケさんたちが息を飲むのがわかった。
「・・・・・・・・・どうやったら、ティティベル様を鎮められるの、じいちゃん?」
「・・・・・・・・・神を鎮めるためには、必要な物がある。じゃが、簡単に手に入るものではない。それに、それを入手することは自力で成し遂げなければならん。儂が手助けすることはできんのじゃ。それでもやるのかの、テルア?」
「当たり前でしょ、じいちゃん。ナーガを助けたのは僕なんだ。ナーガを助けて、誰かが苦しんでるなら、それは僕の責任でもあるよ。僕はナーガを見捨てない。だって、僕の大事な仲間なんだから。仲間がいなくなるくらいなら、たとえどれだけ無謀でも、僕は足掻いてみせる」
あの時のように何もできずにただ見ているだけなんて真似はしない。やれることは、全部やる。絶対に、僕から仲間を奪わせたりなんてしない。
ふっと、じいちゃんが相好を崩した。
悲しげに、誇らしげに、じいちゃんは笑う。
「そこまで覚悟を決めておるのであれば、儂が口出ししても無駄じゃろう。良かろう、テルア。お主にティティベル神を鎮めるために必要な物を教えるわい」
僕はメモを取り出し、じいちゃんの言葉を一言一句聞き漏らすまいと集中するのだった。
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