100話 フェイマの街 9(※多数視点)
その報告を聞いた、三十代の男は怒り狂っていた。茶髪に緑の瞳を持つ男の名はピッケ。フェイマの街の裏の支配者であり、多数の賭博場を営む経営者でもある。
「どういうことなの、それは!」
ピッケがだん、と書斎机を思いきり平手で叩いた。ピッケはお客の前では猫被っているが、実は普段は女口調でしゃべる。まさか、ピッケ自身、思わなかった。マスターこと、グースが賭博場で負けたあげく、行方不明になるなどと。予想外すぎる。せっかく、あの石を手にいれるための算段がついたというのに。
ここでグースがいなくなることは、すなわちあの石もあきらめなければならないということを意味している。
「それがですね、ピッケ様。どうも、グースの勝負相手は、レーラとも一緒に行動してるみたいなんです」
「!? それは、本当なの? 適当なことを言って、私の怒りを削ごうとしてるわけじゃないわね?」
「そりゃもう! 嘘なんて何一つついてませんぜ!」
まさかのレーラと、グースの行動。それならば、二人一緒に捕らえることも可能だ。ピッケの機嫌が幾分良くなるが。次にノックもなしに入ってきたスタッフからもたらされた報告に、またもや青筋を浮かべることになる。
「ピッケ様ぁああ! 大変です! 賭博場の8で!」
「今度は何!?」
「魔物らが大勝ちしてます!」
「はあ!?」
「そ、その魔物らが大勝ちした分、損失額が、全部合わせて・・・一億を越すんです!」
だん、と再びピッケは机を叩いた。そろそろ机にヒビが入りそうだ。
「イカサマでもなんでもやって、とっとと回収しなさい!」
「無理です! だってその魔物ら・・・太陽神ロードが一緒なんです〜。ロードがついてるおかげでイカサマをやりたくてもできない状況なんです!」
「あぁ、もう!次から次へと! 今日は厄日なわけ!?」
ピッケは叫びながら、仕方なしに賭博場8に出向くことにした。
「レグザを使うわ。すぐに使えるよう、支度をさせて! 娘がこちらにいるとでも伝えれば、あいつは動かせるでしょう!」
毒づきながら、ピッケは支度をし、賭博場8に向かうのだった。
その頃。賭博場8では。
「だからな、このゲームの肝はどれだけ相手の手の内を読みきれるかにあるんだ! 他にもコツはあるけどな!」
ロードのノリノリの説明に、ブラッドがきぃと頷いていた。
ちなみにブラッドは、現在カードゲームをする卓で、ゲームの真っ最中だった。その横には、山と積まれた金貨が置かれている。
スロットコーナーでは、シヴァがさっきから立て続けにフィーバーを出して、じゃらじゃら金貨を出していた。
ルーレットコーナーでは、ハイドとチャップが楽しげに一点賭けをしているが、賭けた数字に面白いようにボールが入る。ちなみにディーラーがイカサマできないよう、さりげなく二人が絶妙なタイミングで意味ありげな視線を送ってくるためと、二人からイカサマ指摘されたディーラーが一人いたために、迂闊にイカサマを仕掛けられない。あり得ないだろ!と叫ぶ観客もいるが、二人はどこ吹く風だ。
そして、ジャスティスはというと。
「実はのー、儂の孫はそりゃもう可愛くてなぁ。見たら、卒倒するレベルなんじゃ〜。可愛いだけでなく優秀でのー。クレストにも気に入られておるんじゃぞ〜」
お酒の入ったグラス片手に、カウンター越しのバーテンダーにテルア自慢をしていた。
ちなみに、ナーガは先程からステージを独占して、自らダンスを披露して、観客を沸かせている。
さて、どうして彼らがここにいるかというと。全てはロードの仕業である。
テルアがいなくなった後、当然はぐれたジャスティスたちはテルアを探したが、全然見つからず。
困っているところにロードが現れて、賭博場に誘われた。そんな場合ではない!と突っぱねようとしたのだが、ロードの「テルアが賭博場にいたって情報が入ってんだけどなー」という一言に負けてしまった。
元々、運は凄まじくいい彼らがタッグを組めば、連戦連勝。あっという間に金貨の山が積み上がった。それ自体は別に悪いことではない。
が、しかし。全員合わせて一億ギル以上という損失を出せば、当然賭博場の方はたまったものではない。
イカサマを仕掛けたくてもできないことが、さらに賭博場の者らの焦りを煽る。
「状況は?」
そこにピッケが到着する。今は女言葉も封印し、さらには白のタキシードに黒のシャツ、赤いネクタイと支配者らしい風格を兼ね備えた格好であった。
「あ、オーナー! えっと、あいつらで・・・ってえぇえええええ!?」
ステージの方を見たスタッフが奇声を発するが、ピッケとしても気持ちはわかる。何故なら、ステージの上には大きな人物像があったからだ。
おそらく、材質は石なのだろう。
まるで生きてるかのような、鮮明な仕上がりだった。さらに石像の笑顔が素晴らしい。見ているこちらまでほんわかしそうな、そんな笑顔だった。手には、大きな本を三冊も抱えている。
「この顔に見覚えある人いねぇ?俺らこいつを探してるんだが。あ!実際の身長は俺と変わらねぇくらいだから」
ステージの上にいたダークエルフが観客に問いかけるが、観客は首を横に振ったり、苦笑するだけだ。
そこにピッケがステージ上のダークエルフ、ナーガに歩み寄る。きっとビシッと言うつもりだ、と思った
「すみません、お客さま」
「あれ? お店の人?」
「はい、そうです。この石像は、お客様がおつくりに?」
「あ、まぁ。そう。実物は、そりゃもう台風の目か、お前は! って言いたいやつなんだけど。でも、俺も含めて何だかんだでみんなテルアのこと好きだからさ。ちょっと美化しちゃってるかもしれないけど」
照れくさそうに頬をかくナーガ。
「・・・・・・美化されてるとしても、素晴らしいです、この像は! これなら、オークションでも高値がつきますよ! 是非とも、これを私に買い取らせてもらえませんか!?」
実は、ピッケはこういった美術品には目がない。この丁寧な仕上がりの石像にすっかり惚れ込んでしまった。
もちろん、テルアが聞けばげっ、と呻くこと間違いなしなのだが。
「何やら、おもしろそうな話をしとるのぅ。儂も話に混ぜてくれんか?」
テルアの話を嗅ぎ付けて、ジャスティスがやって来る。
それから、ピッケは仕事の話そっちのけでテルアの話でナーガとジャスティスと盛り上がり、さらにそこにロードが加わり、ととんでもないことになった。
そして、忘れてならないのがロードがおもしろいこと好きな神様であり、ジャスティスがテルアを溺愛しており、ナーガも何だかんだでテルアのことを信頼してるという点だ。
テルアの話に、さすがにそれはあり得ない、とピッケがさりげなく反論したことで、和やかだった会話に不穏な空気が立ち込める。
「たった一人でそこまでのことはさすがに・・・」
「では、試してみるか?」
テルアのことをバカにされた気がしておもしろくないジャスティスが提案すると。ロードがそれに、乗っかった。
「そりゃおもしろそうだな! オイラ、退屈してたんだよね。退屈しのぎには丁度良さそう!」
「え、あの?」
「ピッケ! そこまで疑うならテルアの実力の一端を思い知らせてやるわい!お前さんが強いと思う者を集めい! そやつらと、シヴァたちとで模擬戦を行えばよい!」
さすがのピッケもこの展開は予想しておらず、困惑してしまったが、すぐに己の配下から選りすぐりの実力者たちを集めて、広い場所でシヴァたちと対戦させた。
もちろん、結果はシヴァたちの大勝利であり、ピッケはそのシヴァたちよりもさらに強いテルアに対して恐怖を覚えることとなったのだった。
ちなみにその対戦のおかげで、シヴァたちが一定時間席を離れたために、金貨は没収された。
とはいえ、ちゃっかりしていた魔物たちは、勝った分の金貨は、半分ほど自分の懐に納めていた。




