1話 誰がゲテモノマスターだ!
ひそひそと交わされる会話。チラチラと送られてくる視線。
うっとうしいな。
そんな僕の気持ちを察してか、僕の使役獣である、黒岩大蜘蛛が、不気味な威嚇音を発した。その名の通り、体長五メートルを越す大蜘蛛だ。大きな黒い体は体毛に覆われ、赤い目が八つ、頭についている。さらには大きな発達した顎には鋭い牙があり、その口からは粘りを帯びた糸を吐き出し獲物を捕らえる。捕獲依頼があったときには頼もしい味方となる。
大蜘蛛だけではない。僕を挟んで大蜘蛛と反対の位置には、体長二メートル半程の三つ目蛞蝓がいる。ドロッとした粘液に覆われた白い体、口から出した舌はぬめりとてかりがあり、それで舐められると大抵の人間は行動不能に陥ってしまう。さらに、三つ目蛞蝓が動いた後は銀色の跡ができており、それらを嫌そうに避けながら、通行人は道を歩いている。
そして、最後は僕の肩に留まったままブランとなっている蝙蝠。こいつは普通よりも少々大きい、小犬程の大きさしかない蝙蝠だが、超音波の攻撃力は侮れない。
この三体が今の僕の仲間だ。
周りは、嫌な顔をしているが、仕方ないだろう。あぁ、聞こえてくる。不愉快な二つ名が。
「ゲテモノマスター」。
それが僕に与えられたこのゲームでの二つ名であり、僕自身はまったく気に入ってない通り名だった。
どうしてこうなったか。ことの起こりは一月ほど前に遡る。
その日、僕こと赤石輝はおこづかいをはたいて買った、最新のVRMMOゲームの配信開始日で有頂天だった。
ゲームの名前は、「ファンタジーライフ」。簡単に言えば、剣や魔法やファンタジーといった要素を含んだ仮想現実の世界で、自分の好きなようにプレイする。よくあるファンタジーもののゲームだ。「ファンタジーライフ」には職業がかなりたくさん設定されている。下級職、上級職、複合職に分かれており、全部合わせると二百種類以上にもなる。そこも魅力的だが、僕がこれをプレイしたいと思ったのは、「ファンタジーライフ」にはたくさんの魅力あるもふもふのモンスターがいたからだ。
艶やかな漆黒の毛並みと八つの尻尾を持つ狐。綿毛のように真っ白な羽毛を持つ、赤い目をした白鳥。勇壮な雰囲気を醸し出す、茶色い熊。他にも、可愛らしいウサギや、ヒヨコの大きなもの、象や鷹のモンスターもいる。愛嬌のある顔をした、もはやファンタジーにテンプレと称してもいいスライムも当然いる。
それらのモンスターを使役して戦えるという宣伝文句ともう一つの理由に惹かれて、気づけば予約までしてしまっていた。
まぁ、冒険とかも、やってみたいしね。
それで今、頑張って設定を行っている。
今日は12月23日。クリスマス前だ。うちは少し変わってて、テストの結果で臨時ボーナス、いわゆるおこづかいアップ制度がある。
平均点ではなく、点数が70点以上は500円、80点以上は800円的な感じだ。90点以上だと、1000円。
70点以上を三科目で取るよりも、得意な科目を伸ばして、80点以上を二科目目指した方が楽だ。なので、得意な科目である現代文と理科を重点的に勉強した。結果、現代文は92点! 理科は惜しくも78点だったけど、他にも70点越えが三科目あったので、それなりの金額になった。そのボーナスを全部ゲームに注ぎ込んだよ。ただ、冬休みの課題がまだ終わってないから、また適当に課題をやらなきゃならない。
うちの高校、冬休みの課題提出忘れたら補習だしね。補習なんて受けたくない。
と、話が逸れた。
早速、同梱されていたVRギアを頭に装着して、電源をオン。
ゲームで使用するキャラメイクをしていく。
キャラ名はテルにしようとしたんだけど、他のキャラと同名になってしまうので無理だった。となると、前にゲームに使用してた名前でいいか。
テルア・カイシ。
名字と、名前の区切りを変えるだけであら不思議。一見、きちんと考えたカッコよさげな名前に大変身。
さすがに、名字まで被ることはあまりないので、『テルア・カイシ』で決定された。
次に、キャラの顔や体型だ。
うーん、悩む。
僕が「ファンタジーライフ」で、やってみたいのはテイマー、要するに魔物使いだ。
魔物を仲間にして戦う職業。仲間にした魔物と触れ合いをすることもできる。
と、なると成人男性よりも子どもの方が絵面的にはいいかもしれない。
それに、熊のお腹の上でゴロゴロしたりとか憧れるし。そうなると、やっぱり小さい方が良さげだ。昔の自分を思い描いて、キャラをつくっていく。
現在よりも少し幼い感じの子どもの自分が出来上がったので、髪を赤、目の色を金色にして、決定。
『テルア・カイシ』のキャラが出来上がる。
キャラメイクが終わると、文字が出てきた。
チュートリアルをスキップしますか?
僕は初めてこのゲームをするため、チュートリアルのスキップはやめておいた。いいえと答えると、説明が始まる。
「皆さま、ようこそ、ファンタジーライフの世界へ! ガイド役のツルです。以後お見知り置きを」
ツルと名乗ったのは、僕よりも大きな、妖精さんだった。銀髪に、紺藍の瞳の、傾城、もしくは絶世と言っていい美貌。尖った耳に、抜群のプロポーションを誇る体は、少し透け感のある淡い黄色のドレスを纏っている。エルフと間違えそうだが、彼女の背には、キラキラと輝く羽があるため、かろうじて間違えないといったところだ。ネーミングは最悪だけど。ま、僕じゃ人のこと言えないか。
「こんにちは。よろしくお願いします」
ツルさんはにっこりと微笑み、解説を始めてくれる。
「はい。よろしくお願いします。早速ですが、ゲームの説明をさせて頂きます。このゲームでは、皆様一人一人が好きな職業を選択することが・・・」
説明は丁寧だがその分長いので、割愛。
簡単にまとめると、ここで職業の選択(メインとサブの計二種)と、初めてのアカウントで開始する場合、ボーナスポイントが100貰える、ゲームの開始場所は始まりの街アールサンにある広場のセーブポイントの前から、セーブポイントは青緑の大きな水晶みたいなもので、ゲーム中に死亡すると、最後に訪れたセーブポイントの前からスタートとなること、死亡にはペナルティがあり、一回死亡する毎に所持金や持ち物が減ること、プレイヤーに対する攻撃も可能なこと、ただしPKの設定をONにしているキャラに限る、等々。
まぁ、基本中の基本的なことを教えてもらえた。
っていうか、このゲームPKができるの? 怖いね、それは。絶対にPK機能はOFFにしとこ。
そして、長かった説明もようやく終わり、僕は自分の職業二種と、ボーナスポイントの割り振りに入ることにした。
メインの職業は、魔物使いで決定しているが、もう一つはどうしたものかと考える。うーん。実はサブの職業でなりたいものは一つある。レア職である、道化師だ。道化師は、様々なパフォーマンスを行える職業のようで、魔物を仲間にしたら、是非とも色んな芸を仕込んでみたいなーと密かな野望があるのだ。
だって、もふもふの魔物が飛んだり跳ねたり、火の輪くぐりやったりしてるところを想像してしまったのだ。
絶対、ジョブに道化師もいる! と僕が決めてしまっても致し方ないと思う。でも、説明をよく読むと、条件が揃わないとなれないレア職だったから、今はなれないのだ。なので、メインに魔物使い、サブは剣士にした。
ボーナスポイントもちゃちゃっと割り振る。ちなみにこんな感じになった。
名前 :テルア・カイシ
メインジョブ:魔物使い(基本職、Lv1) サブジョブ:剣士(基本職、Lv1)
LV :1
HP :50
SP :10
力(物理攻撃力に影響) :16
敏捷(移動と物理攻撃速度に影響):14
体力(物理防御力に影響) :10
知力(魔法攻撃力、魔法習得速度に影響) :10
魔力(魔法防御力、SP回復に影響) :10
器用(命中、アレンジ攻撃等に影響) :10
運(出現魔物や戦闘後ドロップ、お助けキャラ出現率等に影響) :100
スキル 剣術Lv 1 魔物調教Lv1
基本的に、ステータスは全て10で統一されてたので、ボーナスポイント100を運に90、力と敏捷にそれぞれ6、4で割り振った。運が高いとレアな魔物との遭遇率が上がるので、これでいい。
あと、忘れないうちにと、僕はツルさんに、とあるコードを書いた紙を渡した。これは、ゲームの予約購入特典についていたコードだ。これを使えば、ゲーム開始時に配布されるアイテムの種類と数、それに所持金が少し増えるのだ。
友達招待の特典みたいなものだね。
僕がそれをツルさんに渡すと、職業が決定されました!ボーナスポイントを割り振りました!の文字が空間に出る。
ツルさんが、薄いプレートのネックレスを渡してくる。
身につけておいた方がいいかと思って、早速僕は装着する。
「それは、テルア・カイシ様のステータスプレートです。そのプレートには、テルア・カイシ様のステータスが記載されます。また、破壊不可や廃棄不可となっていますのでご注意ください。ゲームを始めたばかりの方は、まずは冒険者ギルドに行ってください。冒険者ギルドで武器講習を受けないと、街の外に出られないため、ご注意ください。それでは、よい冒険を!」
ツルさんが、僕に手を振ると、エレベーターに乗ったときのような浮遊感が一瞬あり、気づけばそこは大きな部屋ではなく、街の広場と思われる場所だった。
わいわい、がやがや。すごい賑わいだ。見渡す限り、人で溢れてる。これが全部おそらくプレイヤーなのだから、僕はほへーと大口を開けてポカンとしてしまった。僕の後ろには、セーブポイントの青緑の水晶がある。好奇心からセーブポイントに触れてみる。すると、青緑の水晶はキラキラキラキラ〜っと光りながら回った。
ささやかなエフェクト付きなんだね。凝ってるなぁ。
僕は触れていた水晶から手を離したけど、まだ水晶は回ってる。他のプレイヤーが笑いながら水晶に触れていた。
正直、ここまで人で溢れてると、移動するだけでも大変だ。体が小さいから、なんとか人の間をすり抜けながら、僕は冒険者ギルドに向かった。
「っと。PK機能、OFFにしとかないと」
危ない、危ない。僕はPK機能をOFFにして、改めて冒険者ギルドに向かった。
けども。
冒険者ギルド前にも長蛇の列ができていた。うわぁ、多分これ講習受ける人なんだろうなぁ。予約制とかにしてくれればいいのに、と僕がぼやくと、前に並んでいた人が、「その予約を取るために並んでるんだ」と丁寧に教えてくれた。
あ、そうなんだ。納得。仕方ないので、黙って列に並んでいると、少しずつ列は動いていく。
ようやく、冒険者ギルドの前までたどり着いた。講習の臨時受付窓口として、五つくらい、受付が増設されていた。ようやく僕の番が来て、講習の予約を取ろうとしたんだけども。一番早い講習で、一時間後だった。でも、講習を受けないと、冒険に行けないし。
僕は一時間後の講習を予約した。
時間までは、街中を探索しようかな。
僕は、アールサンの街中探索を始めたのだった。
次の更新は18日の朝8時でーす。(  ̄▽ ̄)