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こんな夢を観た

こんな夢を観た「久遠寺へ向かう」

作者: 夢野彼方
掲載日:2014/10/31

 月のきれいな晩、川っ縁の一本松の傍らに立つお地蔵様に声をかけられた。

「これ、そこな旅人よ」

「はい? 今、呼んだのはお地蔵様ですか」長い風雪で目鼻がすり減って、赤い前掛けをつけていなければ、ただの石塊かと見すごしたかもしれない。

「そう、お前さんだよ。すまないが、ちと頼みがある」お地蔵様は厳かな声で言った。

「何でしょうか。力になれることなら、喜んでお伺いします」

「よく言った。わたしを久遠寺までおぶっていってはもらえまいか?」


 わたしは溜め息をついて首を振る。

「それは無理なお話です。お地蔵様は、お見受けしたところ、相当な重さかと存じます。それに、久遠寺までは遠すぎます。甲州街道をざっと100キロは行き、さらに甲府から30キロも歩くんですよ」

「わたしの体重のことは気にすることはないよ。日にちはどれだけかかってもかまわない。どうしても、そこへ行かなくてはならぬ用事があるのだ」

 仏の化身であれば、天も地も自在に駆けるもの、と思っていたが、地上にあっては多くが縛めであるようだ。

「わかりました。背負ってみましょう」お地蔵様ができる、というのであれば可能なのだ。万が一にも叶わなかったとすれば、それまでの事。わたしの信心が足りなかっただけの話。


 わたしはお地蔵様に背を向け、腰を落とす。

「さあ、持ち上げますよ。よろしいですか」

「わたしの方はかまわないよ。いつでも背負っておくれ」

 後ろ手にお地蔵様を抱え、えいやっと力を込める。台座の上で、石同士が触れあう、ゴトッという音がした。いくらかは傾くのだが、とうてい持ち上げるところまではいかない。

「やはり、無理のようですが……」わたしはがっかりして言った。

「なんの、もう1度っ」お地蔵様は気を悪くする様子もなく、わたしを励ます。

 そこで、更に力を振り絞り、足を踏んばる。お地蔵様は、わたしの背の上でだいぶ傾き、台座をゴリゴリと削りながら、ついに浮き上がった。

 足と腰に意識を集中させ、使える限りの筋肉を総動員する。姿勢を正し、ゆっくりと体を持ち上げていく。

 そして、ついにわたしは立ち上がった。お地蔵様を背負うことができたのだ。


 こうして立ってみれば、あんなに重かったお地蔵様が、まるで真綿のように軽い。

「お地蔵様、ちゃんといらっしゃいますか?」わたしはつい、そう尋ねてしまう。

「ここにおるよ。うん、うん、ちゃんとおるからな」背後から、とても優しい声が聞こえてきた。

 わたしは安心し、身延山を目指して歩き始めた。

 7日7晩かかって、ようやく総門まで辿り着く。ここより先は聖域だ。両手のふさがったままのわたしは、心の中で合掌し、気持ちを込めて一礼をする。

「さあ、入りましょうか」わたしは言った。


 本堂へと続く278もの石段も、今はエスカレーターのようにたやすく登ることができた。

「これも、お地蔵様のお力ですか?」わたしは聞いた。

「いやいや、お前さんの功徳の賜だろうよ」お地蔵様は答える。

 石段を登り切ると、つい数年前に再築された五重塔がわたし達を迎えてくれた。

「お地蔵様、久遠寺に着きました」わたしは背中越しに声をかける。

「しだれ桜の前まで連れていっておくれ」そう、お地蔵様が言う。

 わたしは境内を横切って、しだれ桜の前まで行った。

「花どころか、葉も残らず落ちてしまっていますよ」樹齢400年とも言われ、盛りの時期には見事な花を咲かせていたが、今はただの枯れかけた老木に過ぎない。


 わたしはお地蔵様をしだれ桜のよく見える場所に、そっと下ろした。

「いや、これがよいのだよ」お地蔵様は静かに語る。「お前さんにはまだ見えないかな。これまでに咲かせてきた花の影、これからほころぶ花の夢が。桜はよいものだ。春もよし、夏もよし、すべての季節においてよし」

 お地蔵様の隣で、わたしは膝を抱えて座る。

 闇夜のカラスをも見抜く気構えで、わたしはしだれ桜をつらつらと眺めた。

 けれど、お地蔵様の言う通り、枯れ枝より他何も見えないのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] お地蔵様良い人やぁー これまでに咲かせてきた花の影、これからほころぶ花の夢が。桜はよいものだ。 この文章で心が引っこ抜かれました。
2014/10/31 08:50 退会済み
管理
[一言] お地蔵さんがイメージよりとっても親しみやすく、キュートなお方でした。彼がおぶっていってと言ったときにはまさかとつい笑ってしまいました(^^) 久遠寺の描写もとても上手で、しだれ桜の情景など…
2014/10/31 03:13 退会済み
管理
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