見習いの日常
連れて行かれた旅芸人の一座であたしは新しく「小菊」と名付けれ、一座の舞子見習いとなった。
見習いの仕事は、もっぱら洗濯とお借りする舞台と宿の掃除
舞台がある日は姉さん方の着付けや化粧の手伝い
移動の時は荷造り
昼の仕事でくたびれても、夜には舞の稽古がある。
舞を教えてくれる小鞠姉さんは、少しでも振りを間違えるとすぐ木の棒で叩いた。
だから全身痣だらけ。
そんなあたしに一座一の舞子、舞姫と呼ばれる小鈴姉さんは、塗り薬の軟膏を持ってよく稽古が終わった後にやって来た。
そして叩かれたところが痛いと涙を流すあたしの頭を撫でてくれる。
本当は叩かれたところが痛いのではないく、上手く舞えないことが悔しくて泣いていたのだけど、小鈴姉さんは何も言わずに撫でてくれた。
それと見習いにはもう一つ大事な仕事がある、子守りだ。
赤ん坊が乳離れして引き取られていくまでの期間だけれども、子守りは故郷で妹と弟の世話をしていたあたしの一番の得意分野だから全く苦ではなかった。赤ん坊は直ぐに泣くから大変だけど、笑うと可愛いし温かいから子守りはむしろ好きだ。
けれども他の見習いは子守りを嫌がる。おかげで結構な頻度であたしが赤ん坊を負ぶっているのだけど(勿論嫌ではない)
「きっと故郷の兄弟やお父さん、お母さんを思い出すのね。」
みんなが子守りを嫌がる理由を小鈴姉さんに聞いてみたらそんな答えが返ってきた。
信じられない。
みんな家族に捨てられてここにいるのに。家族のことを思い出して郷愁に駆られるなんて。
そう返せば小鈴姉さんは寂しく微笑んだ。
そういえば赤ん坊について一つ不思議なことがある。
一座には基本的に女しかいないのに、赤ん坊が生まれるのだ。
不思議で不思議で堪らない。
だから思い切って小鈴姉さんに聞いてみた。
けれども、
「そうねぇ、
もう少し大きくなったら、十四の年になったら教えてあげるわ。」
そう言って新しく用事を言い付けられて、はぐらかされた。
他の姉さん方に聞いても、答えは同じだった。
今日も、小祥姉さんの赤ん坊がいなくなる。小祥姉さんは私を迎えに来たあの綺麗な姉さまで、「小菊」の名付け親だ。
ちづ、と名付けられた赤ん坊は、これから母親と離されることなんて何にも知らず無邪気に笑っている。
「小祥姉さん、」
「あいよ。」
「ちづはどこ行くの?」
小祥姉さんはちょっと考えると答えた。
「幸せなところさ。
少なくともここよりは。」
その答えにあたしは違和感を覚えた。
「赤ん坊にとって幸せなのは母さんのいるところだよ。
それにこの一座だって、そんなに悪いところじゃないと思うんだけど。」
世話をした赤ん坊を何人も見送ってきたあたしは、いい加減この寂しさに耐えられなかった。
「そう…、あんたはまだこの一座が辛くはないのだね
でも覚えておきな、
いつか必ず
辛くて、
哀しくて、
悔しくて、
憎くて・・・
そんな日がやってくるから。」
そこで姉さんは一旦口をつぐむと、泣き出しそうなちづをよしよしとあやし始めた。
「本当は赤ん坊が女なら、ここの一座で育ててもいいんだ。
でも皆がそうしないのは、自分がこの一座で味わった思いを大切な我が子にさせたくないからだよ。
小菊、その意味が分かるかい?」
よく分からなかったけど取りあえず頷くと、本当は分かってないだろう? と笑われた。
「良いかい小菊、あたしらはあんたのこと『小菊』って呼んでいるけれど、あんたがおとっさんとおっかさんから貰った名前は違うだろう?」
コクッと頷いた。
「あんたはここにいる限り『小菊』と呼ばれ続ける。本当の名前で呼んではもらえない。
それはとても寂しいことではないかい?
あたしはちづにそんな思いをして欲しくない。」
小祥姉さんは微笑み、ちづを撫でた。
「それにね、この子はあたしの希望なんだよ。
自由になれないあたしの代わりにこの子に全て託すのさ。
だからちづ、これはおっかさんの代わりだよ。」
そう言って小祥姉さんは、ちづに藍色の香袋を握らせた。
ちづはキャッキャと喜んだ。
その日の午後遅く、ちづは連れて行かれた。
小祥姉さんは夕食には現れなかった。
夕食の後小祥姉さんのいる部屋にご飯を届けに行ったら、部屋の中から啜り泣きが聞こえた。
何だか邪魔しちゃいけない気がして、障子の前にご飯を置いてあたしはそっと部屋を出た。
その後、あたしは藍色をみるたびにちづの笑い声と小祥姉さんの啜り泣き思い出す。
そして思うのだ。
あたしが村を出た後、母さんも泣いてくれたのだろうかと。
「荷物まとめ終わったかい?」
「はい、終わりました。 次はどちらへ?」
「お貴族様の春の宴さ。」