旅立ち
あたしが村を出たのは八つの時だった。
その年、近隣の村も含め どこも凶作で、不漁だった。
だから女子のいる家には、旅芸人やら遊廓やらの迎えがやって来る。
夏に稲の実りが悪いと、母さんがぼやいているのを聞いて、
魚が捕れないと、父さんがため息をついていたのをみて、何となく覚悟をしていた。
ここら一帯は痩せた土地で獲れる作物と、川からの恵みで何とか生活している。
ただ、何年かに一度このような年がある。
そんな年は娘を売り、来年こそはいい年であると信じて冬を越すのだ。
だから身売りされることを聞いても、「あぁ、あたしの番が来たんだ。」位にしか思わなかった。
そして今、あたしは綺麗な姉さまに手を握られて家の前にいる。
父さんは手にお金が入った袋を持っていて、母さんは妹二人の手を握り、生まれたばかりの弟を背中におんぶしている。
あたしはというと、一番上等(といっても、たかが知れているけど)な着物を着せてもらって、繋いでもらってない方の手には風呂敷を持っている。
―「ほら、そろそろ行くよ。挨拶しな。」
「…お世話になりました。」
そう挨拶をして頭を下げ、すぐさま姉さまの手を行こうとばかりに引いた。
村を出てしばらくして、ポツリと姉さまが言った。
「あんた大したものだよ。私は大泣きして、迎えの姉さん困らせたからさ。
泣かないあんたは大したものだよ。」
だからあたしもポツリと返す。
「この凶作で女子に迎えが来ないことの方が珍しいんだ。
こんな年はほとんどの女子は家の為に売りに出される。
…貧しいから。」
現に隣の家の幼馴染も昨日遊郭の迎えが来たし、村一番の美人も明日多額のお金と引き換えに、親子ほども年の離れた町の金持ちの元へお嫁に行くそうだ。
だからあたしは泣かない。
この村に流す涙など無い。
あたしを捨てた家族に流す涙など無い。
けれども何よりも、
「もしものとき、妹たちに身売りを嫌がられちゃ困るんだ。」
だからあたしたちは泣かない。
絶対に…泣かない。
目が熱い。鼻水が垂れる。
手の甲だけじゃ拭いきれなくて、着物もぐちゃぐちゃになる。
一番の着物なのに…
姉さまはただあたしの手を引いて歩いていく。それが唯一の救いだった。
そうやってあたしは売られたのだ。
「あんたにも名前を付けないとね。」
「・・・。」