5-3
「な、なんて事だ――召喚技士であるノアさんが負けた?」
「そんな、嘘です! ノアさん、返事してくださーい!!」
「ッ……ノアアアアッッッーーーーーーー!!!!」
だがその悲痛な叫び声に反応したのは、今だ目の前に無傷で聳え立つこの大陸の水を統べる巨大な邪龍ウェルクルトだけだった。
『くっはははは、何が覆すだ! 何人たりとも我前に立つ事あたわず。さあ小僧その悪運もここまでだ。おとなしく水の中に朽ち大いなる息吹へとその身を埋めるが良い!』
邪龍ウェルクルトはそう告げると身を翻し、その身に纏う水塊を放ち今度はクローム達を狙おうと力を溜める。だがそれを阻むかのようにクロームはノルンの剣を奪い二人を守る様に立ち塞がった。
「――へっ、残念だけどな。俺も見習いとは言え召喚技士の端くれ。敵前逃亡なんて絶対にしやしねぇのさ。それにノアやフィアに笑われるような事はしたくないんでね」
『なるほどな。では望みどおりその強き意思ごとこの世界より葬り去ってくれる!!』
クロームが剣を構えると同時に再び巨大な波動が邪龍ウェルクルトに集まっていく。
それを見るやクロームは静かに後ろにいる二人に告げた。
「……わりぃな。思った以上の敵で、二人に逃げる暇を作れなくってよ」
すると二人はゆっくりと近づき、短く首を横に振ると、クロームに笑顔を向けた。
「何を言うか。僕は二人のお陰で父の残した真実に辿り着けたんだ……感謝してるさ」
「そうですよ。それにまだ終わってなんかいないですよ。この澄んだ波動、感じ取れないですか?」
「……えッ? それって、まさか――!!!」
クロームはルルから告げられる言葉に即座に神経を集中した。
刹那。巻き上がる風が一点に収束しに二つの視線を別つように前に集まっていく。
何事かと思い邪龍ウェルクルトが視線を戻すと舞い上がる煙を払うかのように銀の翼をはためかせ、悠然とした表情で宙に浮くノアの姿がそこにはあった。
(――ったく、ノア……。あのやろう。心配、かけやがって!!!)
クロームのその考えが通じたのかは定かではない。
だがノアは三人を上空から見下ろすと少しだけ笑みを浮かべ、広げた手の平から紅と蒼の方陣を空間に解き放ちこう唱え続けた。
【――我と共に全てを穿つ力と成せ“武装変異”英霊獣エルフィンド・ノヴァ!!】
その途端、使役者を守るように飛び回る英霊を呼ぶ紅と属霊を呼ぶ蒼の二つの陣がノアの意思に呼応するように目の前で一つに重なるように合わさり。
次の瞬間、突如赤い陣から出てきた羊の英霊・モルフィンの姿が蒼い陣を通る刹那、全く違う姿へと変化していく。それは言うなれば冷気を纏った青白く煌く両刃の槍刀。
ノアは不釣合いな槍刀を即座に手に取ると、強い意志を持って凛とした目をウェルクルトに向けた。放たれる殺意にも似た波動は強大な巨体をも震え上がらせ、小さな身に纏いし膨大なエマと迸るマナに驚愕の声を上げた。
『なんだと!! あの攻撃を浴びておきながら無傷ですんだとでも言うのか? ふはははは。それが全ての意思を無効化する属霊の力か。ならば再び我力を持って塵に返すまで。消えよ愚かな召喚技士よ!!』
しかし邪龍ウェルクルトは即座に波動を集め、水塊に変えノアに向かって放ちそれと同時に自らの体の一部を鞭のようにしねらせノアに攻撃を企てた。だがノアは流れるような動きで槍刀を振るい構え直し、透き通るような声でこう言い返した。
「ん、今度はこっちの番。さあ見せてあげる。息吹と意思が織り成す破滅の旋律を!」
ノアがそう言って槍刀を軽く振るうだけでその水は一瞬にして氷結し、続けて浴びせられる連撃によって邪龍の攻撃は悉く宙で打ち砕かれた氷の飛礫と化す。
そして目にも留まらない速度で即座に跳躍するや邪龍ウェルクルトの肉体を槍刀で切り裂き、反撃とばかりに降ってきた水の牙をもなんなく断ち切り、氷の塊にして地面に落とすと再び動きを止め今度は全身に満ちる波動を保ったままこう呟いた。
「どうしたの。あなたの力はその程度?」
邪龍ウェルクルトはようやく目の前の少女が今までとは違う脅威となったのを改めて認識するや睨みつけ、強大化する体を震わせ再び一点に全波動を集中させながらノアに言い放つ。
『……ぐっ、小賢しい。ならば、我最大の破壊の力を持って、その身を永劫なる絶対たる死を与えてくれるわ!! 消えよ! 女神と使者の意思を継ぎし愚かなる召喚技士達よ!! 滅びのダークネス・ストリーム!!!』
瞬時に放たれた先ほどよりもさらに巨大な黒い閃光は一筋の光となってノアに伸びていく。だがノアは邪竜ウェルクルトの放った攻撃を避けようともせず拒絶するように槍刀を向け波動だけでかき消すとそのまま槍刀を掲げ静かに言葉を紡ぎ始めた。
【無駄よ……数多に埋めく希望の刃よ。ひと時の雫を帯びて、マナとエマを携え万物を絶つ力へとなり変り、弱き意思と力を奮いし者に、大いなる息吹の旅へと誘え!】
そしてその言葉に呼応するように両刃の槍刀エルフィンド・ノヴァが輝きを増した。
『ぐっ、バ、バカなッ! 有り得ん……たかが人間がッッ――』
【我は大地母神エルフィリウムの名の下に告げる! 断罪の刻よ。今こそ我刃に宿りて過の者に滅びを超えし、永劫なる終焉を与えよ!】
『――叡智を司り自我のある英霊獣を自らの意思のみで抑え武器化するなど、そんな世界理念に反する行動が、たかが人間如きに何故行えというのだぁッッッ!!!』
するとその言葉を同じように聞いていたクロームは鼻で笑いながら声を上げた。
「ばーか。ノアに始めっから常識なんて通用するかよ。アイツはな、世界の理にすら縛られるのを嫌うんだ。なんせ世界で唯一召喚技士を極めた俺の爺がこの世で唯一の弟子として認めさせた人物なんだぜ。 だから――」
クロームとノルン。そしてルルは互いの顔を見て頷くと今までの鬱憤を晴らすかのように力強く声を張り上げた。
「召喚技士ノア! もはや、躊躇う事は何もない!」
「ノアさん! あなたのその意思で全てを終わらせて下さい!!」
「――いっけぇえええええ、ノアァアアアアッッッーー!!!」
刹那。ノアの纏う銀の翼から膨大な光の息吹が放たれ、それを飲み込むかのように槍刀に吸い込まれて行く。すると空間を震わす更なる強大な波動は切っ先に水の刃を纏ったまま一筋の閃光へと変化させ、一迅の風の如く邪龍ウェルクルトに突進していった。
【さあ眠って。この世が果てるその時まで、召喚秘技・水と風のラプソディート!!】
瞬間。冷めた空間に満ちた言葉が響き渡りノアの掛け声と共に流れるように振り下ろされた風を纏った水刃の一撃が迸る閃光と共に邪龍ウェルクルトを真っ二つに引き裂く。
『ガッッッ!! ギィャアアアアアアアアアッッッ!!!!』
一閃。その途端、断末魔と共に邪竜の肉体から濁りの混沌はノアの波動によって侵食され消え去り、瞬く間に肉体を作り上げた水はその意思を失い、地面へ滝のように崩れ、流れ落ちていった。
「逃がさない。はぁあああ!! てぃやあああああ!!!!」
そしてノアが再び掛け声と共に大地を削り上げながら槍刀を力一杯天高く振り上げると肉体を失い逃げ道を無くし噴出した邪龍の意思を流れ落ちる滝ごと捕らえ、その波動に満ちた刃は迷いなく混沌とした意思そのモノを粉々に打ち砕いた。
『―ガッアアアアアアアアッ、そっ、そんナ……。マタ、我等ハ死ヌノカ? イヤダ……死ニタクナイ、死ニタク、ナイ……死二……タク……ナ……』
すると邪龍ウェルクルトはまるで何かを求めるようにそう呟き、もとから存在しなかったかのように四散して滝の飛沫と共にこの世から姿を消した。
ノアは消え行く意思を、まるで哀れむかのような眼差しを送り一人呟く。
「……精霊すら逃れられない死を恐れるあまり、生に執着するあまり、生きる為の答えを見失った。それがあなた達の大きな罪。だから今はそれを受け止め静かに眠って……」
そして塵となったウェルクルトを本の中に封印すると地面に転がった水晶を手に取り後ろから走ってきたクローム、ノルン。そしてルルに向かって静かに笑みを浮かべた。
「ノア、終わったのか?」
ノアはその言葉に頷くと同時に自らの力を解き放ち、そのままクロームに取り返した水晶を見せる。だが内に秘める光は消耗しきっておりもはや今にも消えそうなほど風前のともし火であった。そしてそれはこの大陸より最後の精霊が消える事をも意味していた。
「……ちくしょう、俺が。こんな水晶持ってこなければ!!」
「自分を攻めないで下さいクロームさん。きっと精霊ウェル・アクアは知っていながらあなた達に最後の力を渡したんです。だから、後悔しないで」
ルルはそう言ってノアから手渡された水晶をまるで自分の子供のように抱きしめる。
「そうだとも、それより……早くこの場所を脱出しよう。主である邪龍ウェルクルトが滅んだ今、この遺跡を維持する力はもう存在しない筈!」
そうノルンが言葉を言っていた刹那、遺跡が悲鳴を上げるかのように大きく揺れ動きだした。壁にはヒビが走り、地面には石畳の床がでこぼこに浮き始めている。そして天井からは更なる水が噴出し、制御を失った水はまるで獰猛な獣のように暴れ始めていた。
「やはりか! さぁ、みんな早く走るんだ! このトンネルの先に出口がある!!」
ノルンの言葉に皆は頷き。瓦礫の崩れる中、出口に向かって走っていく。
しかし、後一歩というところで上から降ってきた多くの瓦礫がトンネルの道を塞ぎ、四人の行く手を阻んだ。クロームは即座に剣で瓦礫を切ろうとするが、水を帯びた水晶は鋼よりも硬く全くというほど歯が立たなかった。
「くそ、もう少しだっていうのに……くそおおおお!!!」
クロームは折れた剣を放り投げ周りを見た。足元の水かさはさらに増え続けこのまま行けば地面が水没するの時間の問題だろう。天井を見れば邪龍ウェルクルトが開けた穴が存在するも、水が絶え間なく流れる為に進む事は出来そうにない。
仮にノアが英霊でそこまで飛んだとしても押し出される水圧によって身動き一つ取れず地面に叩き落されるのは誰の目に見ても明白であった。
もはや完全に逃げ道を防がれ途方にくれる三人だったが、ノアだけは何を思ったのか消耗しきった体を引きずりルルに向かってこう言い出した。




